勇気3、愛2

「速いもんだな」


 プールの水面を見ながらつぶやく。


「何しに来やがったんだてめえ」


 勇気がプールサイドに上がりながら言う。


「妹がいなくて暇だからな」


「友達いないのかお前」


「否定できない」


 友達と呼べるような人間ならたくさんいるが、一緒に遊ぶような仲の友達となるとほとんどいない。現実がそうだったのだが、今頃は妹といちゃいちゃしてるであろう。


「着替えてくるから待ってろ」


「わざわざいいって。部活終わるまで見学してるから」


「もともと気分が乗らなかったんだよ。むしろちょうどいいわ」


「それでいいのか?」


「俺に文句言えるやつなんてここにはいねえ」


 勇気がゴーグルとキャップを外す。


「まあ、お前がいいならいいか。水泳部にも義理はないし」


「そんでどこいくよ。いきたいところでもあるのか?」


 水着を脱ぎながら更衣室に向かう。女子校とはいえさすがにどうかと思う。


「別にないな」


「んじゃ、姉貴のお見舞いに一緒に行くか」


「あの人また入院してるの? まあ、久しぶりに会ってみたいけどいいのか? 正直あんまり親しいとは言えない気がするが」


「いいっていいって。きっと喜ぶぜ。お前のこと気に入ってたしな」


「それならいいけど」


「校門で待ってろよ。すぐいくから」


「ああ」


 校門で合流し、病院に向かう。歩いて四十分くらいだ


「何か買っていかなくていいのか? お見舞い」


「うん? あー、コンビニでなんかプリンでも買っていくか」


「そんなのでいいのか」


「ほとんど毎日行ってるからな。あんまり豪華なもんは買えん」


「毎日……」


「むしろ来るなって言われてるが、お前が見舞いに来て、それに付き添ってるっつー体なら文句は言えねーだろう」


「……やっぱりちゃんとしたもの買っていこうか。金は私が出すから」


「そうか? 別にいいけど」


「何がいいとかあるか?」


「美女か美少女にもらうもんなら何でも喜ぶぜ」


「花にしようかな。禁止されてないよな」


「禁止?」


「花の持ち込み出来ない病院もあるんだよ」


「あー、たぶん大丈夫じゃね。病室で見たことあるぜ」


「じゃ、花にするか」


「花屋ってどこにあるんだ?」


「行く途中に一軒あったはずだ」


 二人で花屋に入る。


「何買うんだ?」


「高いしあんまり数買えないからな。切り花で、少なくても映えるってなるとやっぱり薔薇かな」


「この赤いのとかいいんじゃね」


「赤いのはだめだ。血を連想させる。……黄色で、下手に増やすよりはあえて一本にしよう」


「なんか気障くね?」


「赤い薔薇でやったら確かにきついものがありそうだが、まあ、黄色だし許容範囲だろう。恋愛関係とは縁の遠い花だし」


「どういう意味だ」


「花言葉が嫉妬とか薄れゆく愛とか恋人に送るには向かないものだからな」


「それ、恋人以外に送るにも向いてなくねえか?」


「一応友情って言う花言葉もあるから」


「なるほどね。それにしても花言葉とかよく知ってるもんだな」


「乙女の必修科目だからな」


「それきもすぎるわ」


「確かに思った」


 黄色の薔薇一本を買いラッピングしてもらい外に出る。途中のコンビニでプリンも一応買う。三人分である。


「この公園の中通ると近道なんだよな」


 道の途中で勇気が言う。その公園はそこそこの大きさがあり、そこを通らずに向こう側に行くとなると確かにけっこうな回り道が必要そうだった。


 水の止まった噴水を横目に見ながら進んでいくと、そこでばったり妹たちに会う。木陰のベンチに座ってアイスを食べている。現実が気づいてびくりと体を震わせる。


「こ、こんにちは」


 勇気から目をそらすようにしながらの挨拶。現実は勇気のことを不良だと思ってるし、実際否定は出来ない。


「やー、お姉ちゃんたちもデート?」


 妹が脳天気そうに聞いてくるが、それは天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。


「そんなわけないだろ」


「じゃあなに?」


「お見舞いだ。こいつの姉の」


 隣に立つ勇気を指さす。


「ひょっとして愛さん?」


 愛は妹の知り合いでもあった。


「そうだ」


「うーん、もしかして私も行った方がいいかな」


「なんでだ」


「正直お姉ちゃんよりは親しかったと思うし」


 確かに私が勇気と遊んでる間にたびたび勉強を教えてもらっていたりした。


「変な気使うな。デートを楽しんでおけ」


 そのとき、膨らんだコンビニの袋が目に入る。


「アイス以外にも何か買ったのか?」


 のぞいてみると、おにぎりが三つ、サンドイッチが二つ、スナック菓子が二袋。


「これどうするんだ」


「食べるんだよ?」


「今、二人でか」


「ううん、一人で」


「どう考えても食い過ぎだ。晩飯食えるのか?」


「大丈夫大丈夫。最近おなかすいちゃってさ」


「食い過ぎるなよ」


「気をつけます」


「現実もそういうとこちゃんと見ておいてやれ」


「う、うん、がんばる」


「それじゃあ妹をよろしく」


 公園から出ると勇気が声を出して笑う。


「なんつーか、妹の前だとあんな感じなんだな」


「いつもと変わらないつもりだったが」


「ちゃんとお姉ちゃんって感じの顔だったぜ」


 そんな言葉に首をかしげながら歩いて行くと、すぐに病院に着く。


「やあ、久しぶり。薔薇は赤い方がよかったかな」


 病室に入るなりそんなことを言われた。


「赤い花はお見舞いにはよくないそうですし、それに気障っぽくて嫌です。勘違いされるのも御免ですし」


「じゃあ、今度僕から君に送ることにしよう」


「やめてください」


 久しぶりに会ったが相変わらず苦手なタイプだ。


「それにしても美人になったね、今日は告白でもしに来てくれたのかな」


「そんなわけないでしょう。ただ、暇だったので」


「妹に恋人が出来たから、だね」


 何で知ってるんですか、とは言わない。何でも知ってる人だった。


「暇にせよ、嫌いな僕のところに来るんだし。用事はあるんだよね?」


「嫌いってほどではありませんし、用事ってほどでもありません」


「要するに愚痴りたいってことだよね? 僕を欲望のはけ口にしたいと」


「違いますよ」


 と言ってから気づく。言い方はともかくそれほど外れてはいないのかもしれない。


「確かに理想ちゃんはそう言うの話すのに向いてなかったかもね」


「ひどいもんでした。まあ性格はだいたい知っていたので話した私も悪いんですが」


「どんなこと話したのかな。ほら、言ってみて」


 だいたい知っているでしょう、とも言わない。愚痴は聞いてもらうことに意味があるのだ。


「妹はこの間まで私にべったりで、正直うざいと思うこともよくあったんですけど、実際離れてみると寂しいものですね」


「でも仕方がないことだよね。あの子の交友関係が広くなるのはいいことだ」


「現実だって、元々私の友達だったんですよ」


「友達を妹にとられて妹を友達にとられたわけだ」


「そうなんですよ。おかげでひとりぼっちです」


「他に友達いないの?」


「いますよ。いますけど、本音で話せるようなのはいません」


「僕はダメ?」


「本音、話す前に分かっちゃうじゃないですか」


「じゃあ、友達以上ってことになるのかな」


「それは勘弁して欲しいです」


「残念。他に好きな人でもいるの?」


「いないですよ」


「ふーん」


 愛さんはフフと笑う。見透かしてるくせに深く追及しない。そういうところが苦手だ。追及されても困るのも確かだが。しかし実際に好きな人がいないのに何を見透かしたというのか。


「まあ、そういうのもいいと思うよ」


 勝手に納得された。


「何を言ってるんですか?」


「いい加減そこら辺をきちっとしないと危ないぞ、っていうのを」


 余計なお世話である。どうせ報いを受けるのは私たち自身だ。放っておいて欲しい。


「まあ、それはある意味では間違ってないね。僕なんかは全然かまわない」


「含みのある言い方ですね」


「気にしなくていいよ。どうせ後で分かるからさ」


「そういう、思わせぶりなのやめて欲しいんですけど」


「言っていいの?」


「早く言ってください」


「君は妹さんたちの一方をもう一方から寝取るべきだ」


「……何言ってるんですか?」


「出来るのなら、両方を自分のものにしてもかまわない」


「だから、何言ってるんですか!?」


 あの変態と言ってることがほとんど変わらない。


「君のすべきことだよ。やんなくてもいいけど、絶対に後悔するよ」


「やった方が絶対後悔しますよ!?」


「やらずに後悔するよりもやって後悔した方がいいって言うよね」


「やりませんって」


「それならそれで僕は全然かまわないけれども」


 こちらをちらっと上目遣いで見つめる愛さん。


「やりませんからね」


「やらなくていいって言ってるじゃないか」


 私はため息をつく。なんだかどっと疲れてしまった。


「プリン食うか?」


 向かい合う私たちの間に勇気の右手が差し出される。そこにコンビニのプリンが二つ握られている。左手にはすでにからになった容器。口にはプラスチックのスプーンがくわえられている。


 こいつにも聞かれていたのだと気づいて顔が赤くなる。


「なんつーか、いろいろとごめんな」


 うるさいよ、と思った。

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