現実1
次の日、学校についた時、現実はまだ着ていないようだった。
来ないまま、朝のホームルームが始まる。
「現実さんは休みみたいですね」
先生が言う。私はかなりがっかりし、その倍くらいほっとした。
「現実さんの行方について、なにか知りませんか。実は彼女、昨日家に帰ってないみたいなんです」
昼休みに生徒会室でこっそりと先生が聞いてきた。そう言われてさすがに不安になる。愛さんが言っていたことを思い出したのだ。
「いえ、知りません」
「じゃあ、昨日現実さんになにか変わったこととかありませんでしたか?」
「愛さんにナンパされてました。あと私は恋愛相談みたいな手紙を受け取りました」
「節操なしですねー、愛ちゃん」
「結構面食いだと思いますよ」
ダサい眼鏡と野暮ったい髪型のせいで誤解されがちだが現実の素材は悪くない。と、なぜか擁護してしまう。
「まあそれは置いとくとして、現実さんとは帰る時一緒だったんですか?」
「いえ、別々に」
「ふーむ、恋愛相談の手紙って今持ってます?」
「家にありますけど、それが?」
「それが原因かもしれないじゃないですか」
「……多分違うと思いますよ。学校に来ない理由にはなっても、家に帰らない理由にはなりません」
「うーん、そうだ、夢ちゃん」
いきなり妹の名前が出てきて驚く。手紙の内容は知らないはずなのに。
「妹がどうかしましたか?」
「妹さんの力で探せませんかね」
理想は妹の力を知っている節はあったが、それを頼ろうとしたのは初めてだ。
「珍しいですね、普段なら自分で探すとか言いそうですけど」
「今回そんなことを言っている場合じゃないでしょー」
珍しくまともなことを言っている。
「でも、あの力をそう簡単に使わせるわけには……」
とそこまで言って思い出す。勇気が言っていたことと、昨日全能の力を行使させたことを。
「そうですね、やりましょうか」
どちらの願いも、現実のためでありながら、全く逆方向を向いているというのは皮肉だな、と思う。
「妹は私の言うことしか聞きませんから、先生は黙っていてください」
「はーい」
妹は生徒会室の中央に持ってきた椅子に座らせてある。
「質問に答えろ」
妹に声をかける。
「妹に対しては口悪いんですね」
「黙っていてくださいって言いましたよね」
「はーい。御口にチャック」
理想がくだらない事を言った。
「今から質問するぞ。いいか。……六月一日現実はどこにいる?」
久しぶりだから質問の仕方を忘れている。コンピュータほど融通がきかないものではなかったが、やはり厳密であればある方がいい。もっと詳しい説明がいるかと思ったが、他にこんな名前の人間がいるとも思えない。そんなことを考えるうちに、夢が答える。
「いない」
「え?」
「六月一日現実はどこにもいない」
「それはどういう……」
言いかけて、やめる。実のところ意味なんて分かっている。昨日、愛さんの警告があった。そしてそれは無視された。
「六月一日現実はすでに死んでいる。殺された」
そういうことだ。
結構な衝撃を受けている。その可能性はさっきから考えてはいたものの、多分ありえないだろうと高をくくっていた。予想が外れた。しかしそれでも、衝撃を受けた自分に疑問を覚えた。もともと殺すつもりだったのになぜ? いや違う。むしろ殺すつもりだったからだ。他人に先を越されて悔しい。殺意が行き場を失って落ち着かない。きっとそういうことだ。友人を失って悲しい、という普通の人にとっては当たり前の感情は、この状況においてはあまりにも身勝手すぎるのでしまっておくことにする。
しかし何にしても、このままだと多分私はその犯人を殺さなくちゃいけなくなる。でもそれは現実を殺すのよりずっと難しいだろう。
「えー、どうするんですかそれじゃあ」
理想先生が言う。
「警察に届けましょうか」
「どう説明するんです?」
「それもそうですね」
あまり頭が回っていない。深呼吸をする。
「じゃあ、自分たちで解決しましょうか」
「全知全能の神様もいることですしね」
「少なくとも犯人探しには使いませんよ」
「え? なんでです?」
「自分で納得出来ませんよ。全知全能だとしても妹には別に私たちに本当のことを言う義理が無いんです。今までも真実を言っていたからといってこれからもそうだとは限りません。これだけで証拠もなく犯人を決めつけるのは心苦しい。犯人の方だって、それが真実だとしても納得出来ないでしょう」
「なるほど。では、犯人を聞いてから証拠を集めるのはどうでしょう」
「それはそれでバイアスが掛かり過ぎる気がします」
「そうですかー」
「まあ、死体の場所を聞くくらいのことはしてもいいと思います」
死体は学校のすぐ近くにあった。裏山のちょっとした窪地に打ち捨ててあった。
「思ったよりもきれいですね」
先生はそう言った。私はそうは思わなかった。体のあちこちに傷があった。
「私はもっとグチャグチャだったりバラバラだったりしたのを想像していたんですけれど」
首にはロープの跡がある。死因はおそらくそれだろう。
「しかし、処女だったみたいですね。今の子はもうちょっと進んでるもんだと思っていたんですけれど」
死体は衣服が脱がされている。
「犯ってから殺ったんでしょうか殺ってから犯ったんでしょうか。ああ、犯って殺って犯るっていうのが一番お得かもしれないですね」
デリカシーが無い、どころの話ではない。
「ちょっと黙っていてもらえますか」
「でも精液は残っていないみたいですね。証拠とか気にするタイプなんですかね」
殴りかかろうとしてバランスを崩す。転んだ私を見て理想は笑う。
「あはは、何やってるんですか。授業も始まるので私は戻りますね」
「……ちょっと待ってください」
立ち上がりながら私は言う。
「なんです。暴力はご遠慮したいんですけど」
「愛さんの携帯番号知ってますか」
あの病院携帯電話使えたっけと思いながらもとりあえずかける。電話には勇気が出た。
「なんでお前が」
「姉貴は寝込んでて、俺が学校サボって付き添ってる」
「それサボりか?」
むしろ家族思いのいいやつみたいだ。
「サボりの口実として付き添ってるって言ってるって方が正しいか。んで、何のようだ?」
「事件の依頼だ」
「どんな事件だ?」
「現実が殺されたんだ」
「……マジで?」
「当たり前だ。こんな悪趣味な嘘はつかない」
「警察には連絡はしたのか?」
「いや、してないし、するつもりもない」
「何で?」
「警察に任せたら犯人を殺せないだろ」
「……ま、その通りだな」
そこで批判めいた事を言わないでくれるのは助かった。
「そこでお前の姉に犯人を見つけてもらおうと思ったんだが」
「んなもんできるかよ。要するに殺人手伝えっていうのと同じだろ」
そこら辺は常識的だった。
「そうなるな」
「もうちょい考えて喋れよな。何焦ってんだよ」
「さあな」
「そもそもお前ってそんなに現実のこと好きだったっけ?」
「いや別に」
「じゃあ何で犯人殺すとかゆーことなってんだよ」
「いろいろあるんだよ」
それで一応は引き下がったようだった。
「……姉貴は無理だが俺個人としては協力してやらんこともないぞ」
「役に立つのか?」
殺す段にならないと必要無さそうだと思った。
「何だテメーその言い草は」
「いや、ありがとう恩に着る」
「心配しなくても犯人当てるのは得意だぜ。勘で」
「勘はいかんだろ」
「なにそれギャグ?」
「あ、いやそういうつもりじゃない」
「じゃ今から学校行くわ。詳しい話はそこで聞く」
「ああ、頼む」
「それって、理想が犯人なんじゃねーの」
玄関で私の話を聴き終わってすぐに、勇気はそう言った。聞いてる途中も言いたそうだった。
「勘か?」
「勘」
「いやまああの人はすごく頭おかしいと思うけどそれだけで決め付けるのはな」
「そりゃそうだな頭おかしいだけで犯人ならお前も容疑者だ」
「え?」
何言っているんだこいつ。
「え? ってお前もしかして自分が頭おかしいって気づいてないのか?」
「いや、気づいてるけど」
「じゃあそれを隠し通せていると思ってんのか?」
「いや、お前らにはそもそも隠してるつもりはないけど」
そこだけは気が楽でありがたいかもしれない。悪化しているのもそのせいだと思うが。
「じゃあ何で、え? とか言うんだよ」
「頭おかしい奴に言われたくないなあって」
「理想もそう思ってんだろうよ」
「確かに」
「まあとりあえず死体見せてもらわんことには始まんねえな。どこだ?」
「案内する」
「ねえな」
「ないな」
裏山にはすでに死体はなかった。
「見間違いだったんじゃねーの」
「それはない。十二月三十一日先生に聞いてみるといい」
「きっと平気で見ていないって言うぜ」
「……そうかもしれん」
犯人かどうか以前にあの人にはネクロフィリアのケがあった。テキトーぬかして死体を手に入れることぐらいするだろう。
「まあ血の匂いがするからなんかあったのは間違いねーんだろうな」
「血の匂いとか分かるのか?」
「まあまあ」
「すごいな」
「姉貴なら匂いだけでここで何があったか理解できるだろうよ」
「そこまで行くとなんかやだな」
怖い。
「で、これからどうするよ」
「先生に聞くしか無いだろう」
「知らないって言ったらどうするんだ」
「また妹に頼ることになるだろうな」
「死体の場所を聞くってことか?」
「そうだ」
「そういうやり方だと永遠にループする気がするが」
「また死体が消えるっていうのか?」
「なんとなくな」
非論理的だ。しかし、私としても妹の力に頼りっぱなしなのはあまり気分が良くない。
「じゃあどうするんだ」
「痕跡をたどる、とか」
「素人に警察のまね事をしろって言われても無理だろ」
「ま、駄目元でやってみよーぜ」
そう言って辺りの草をかき分ける勇気。
「あった」
いくらなんでも早すぎる。
「何があったんだ?」
私は勇気がかき分けた草を覗きこむ。
指があった。おそらく小指だ。
勇気がそれを拾い上げる。
「ちょっとそこら辺他になにかないか探してくれ」
勇気が言う。
それはすぐに見つかる。また指だ。今度は薬指、人差し指、中指のどれかだろう。小指のあった所から二メートルほどのところだ。
「なんか印になりそうなもん持ってねえ?」
「ペンかなにか突き刺しておけばいいだろ」
「いや持ってねえんだよ」
探偵ってそんなもんでいいのか? 勇気に向かって鉛筆を一本投げる。
私も勇気も足元、指のあった場所に鉛筆を突き刺す。
「そっちの方探してみろ」
勇気が私の方を指さす。言われなくてもそうするつもりだった。
今度は私がさっき指を見つけた所から四メートルほど離れた場所にあった。今度はおそらく中指でさっきのは薬指だ。
それは小指発見地点と薬指発見地点を結んだ直線上にある。それを見てふと思いついたことがあった。
「指と指の間の距離測っておいてくれ」
私は勇気に定規を投げた。十センチの定規だが測れないことはないだろう。
人差し指は予想通り中指のおよそ八メートル先にあった。
勇気も測り終わったようだ。やはり二メートルと数センチ。誤差も考えるとほぼ二メートルだ。
人差し指のあった、そのさらに先には校舎があった。そろそろ面倒になってきたので携帯で地図を見る。
この悪趣味な道標が片手の指で終わるのなら、最後の指は人差し指から十六メートルのところ。両手両足なら山の奥深く。
そしてもし、両手の指ならば十本目は、二足す四足す八足す十六足す三十二足す六十四足す百二十八足す二百五十六足す五百十二イコール千二十二。そしてそこには私の家がある。
「おいどうした」
「ちょっと家に行ってくる」
「何でだよ」
「えっと、この直線上に私の家があって」
「まじか」
「そういうわけで行ってくる」
私は自転車で走ったのに、勇気は二本の足でついてきた。
数分で家につく。
「ここがお前の家か」
「余計なことするなよ」
「へいへい」
「私は二階の、私の部屋とか妹の部屋とか探すから、お前は居間とか探しておいて」
「なにか見られて困るものでもあるのか?」
「まあ、無いこともないな」
特に日課に使う道具はまずい。
「ないなあ」
私の部屋、妹の部屋、両親の部屋も探したが、指は見つからない。
「あったか?」
階下から声がする。
「ないな。そっちは?」
「こっちもない」
私は一階に降りる。
「まあ小さいものだからな。隙間に入り込んでいたら見つけるのも一苦労だろう」
「いや、そりゃそうなんだけどな。探している間ずっと考えていたんだが、指がここにあったとして、死体本体は一体どこにあるんだ?」
「……それもそうだな。最後の指と一緒にあると思っていたが、見つからないとなると、また別の場所にあるんだろう。おそらくは最後の指の先、同じ法則に従った場所だ」
再び携帯を取り出し地図を見る。それによるとその場所は田んぼの中だ。
「指が私の家にあるということに意味を求めすぎたのが失敗だったな。家の中に指があるっていうのは気持ち悪いが、まずは死体を見つけるのが先決だ」
「いや、そうじゃなくてよ、まず本当にここに指があるのかって話」
「? ああ、確かに、片手の指だけで終わっていたとしたらこの家までには来ていないだろうな。校舎の近くだし、確かにそっちを先に探してみるべきだったかもしれない。まあ結局こっちに来てしまったし、それは後回しだな」
「だーかーらー、そういう話でもなくてよ、お前が、オカルトに慣れすぎてるんじゃねえかって話なんだよ。ま、俺も人のこと言えんけどな」
その言葉を聞いた途端、私は外にとびだしている。
さっきよりもずっと必死に自転車を漕いだのに、勇気は余裕でついてきた。
考えるまでもなく分かっていなければいけないことだ。私が死体のそばを離れてから、勇気を連れて来るまで約二十分、死体の指を切り、それを道標のように置きながら、死体を運ぶ。しかも誰にも見つからないように。不可能だ。いや、可能かもしれないが一番後回しにされるべき可能性だ。他に考えるべき可能性はいくらでもあった。
これがそう思わせようという工作であるのならば、犯人はかなりのアホかもしくは私がそういうオカルトの可能性を理解しているということ、そして私の家の場所を知っている人間、ということになる。あるいは偶然そうなったという事も考えられる。指を何らかの理由で切り落としたら偶然意味ありげに並んでしまったという可能性。あまりにも回りくどい割に、私を的確に狙い撃ちしていて、むしろそっちの方がありえそうな気がする。私のことを邪魔に思っていて、幸運な人間、結局のところオカルトに戻ってきてしまっているがそういう人間を一人知っている。犯人であった場合の十二月三十一日理想だ。
私たちが学校を離れることが幸運だということは、学校で何かをするつもりだということだ。現実と同じように誰かを殺すのか、それとも他の何かをするのかは不明だが。いくら急いでも無駄ではないかという考えが頭をよぎる。私たちが学校を離れることが理想にとって幸運な事態になるとしたら、それは私たちが間に合わなかった時だけだ。だから、絶対に間に合わない。しかし、私たちが急がなかったから間に合わなかったという事態はありうるのだ。理不尽なことだが無駄だと分かっていながら全力で急がなければならない。
校門に突っ込み、玄関の前で自転車を乗り捨てる。玄関で靴を脱ぎ、上履きは履かない。勇気と二手に別れる。
職員室に行く。理想はいない。他の先生も知らないという。授業中の教室にも生徒会室にもいない。そして誰も居場所を知らない。勇気が私に教える。理想が夢を連れてどこかに行くのを見たという生徒がいたらしい。
「夢、どこにいる!」
私は叫ぶ。周りの教室から何事かと生徒たちが顔を出す。気にしない。
体育用具室、と耳ではなく心の中に聞こえる。
そこに向かって走りだす。
体育館にあった扉を開ける。それが体育用具室につながっている。
その中では夢が倒れていて、そこに覆いかぶさるようにして理想がしゃがみこんでいる。
「何してんだお前!」
私は叫びながら、妹から理想を引き剥がそうとして近づく。
もうすぐ手が届く、というところで理想が爆発する。
理想の体のほとんどすべてが血の霧となり周りにはじけ飛んだ。私の体には衝撃は殆ど届かず、ただ私の体の正面を余すところなく血の赤が染めた。白い骨だけが、さっきまでの体勢のまま残り、そして数瞬の後崩れ落ちた。
「なんで……」
夢以外にこんな殺し方は不可能だ。しかし、私は何も命令していない、つまり、夢自身の意志によるものだということだ。前にも何度かあった。私が死にそうな時だ。しかし今自分に命の危険があったのか? 理想は夢に何かするように見えて、その実、私を殺そうとしていたのか。
「ちがうよ」
夢が言う。心を読まれた? 今までこんなことはなかった。いや、心を読まれた事はあったのかもしれないが、読んだ心に反応を示されたのは初めてだ。
「じゃあ、なんで、こいつを殺したんだ?」
聞くべきではなかったのかもしれない。
「体を触られたから」
「どういうことだ?」
「エッチな事をされそうだったから」
意味が分からなかった。
「なんで、お前今更、そんな、普通の女の子みたいな」
こいつは全能の神だ。そうでなくちゃならない。そうでなければ、私は……。
「お姉ちゃん以外にそういうことをされるのは、駄目なの、絶対に、駄目なの」
「何を言って……」
「私はお姉ちゃんが好きだから」
その言葉は、私にとっては絶望でしか無い。
私にとって都合のいい言葉なのに、その都合の良さは苦痛しか生まない。
「やめろ、私を好きになんてなるな」
「もちろん、私には自分の感情を変えることもできるけれど、したくない」
「変えろ。変えてしまえ」
「……うん、お姉ちゃんがそういうなら、そうする。お姉ちゃんが好きだから、お姉ちゃんを好きじゃなくなる。そして、私は私じゃなくなる」
「……」
「後悔しても知らないよ」
そして妹は変わる。神が変わったので、もちろん世界も変わる。
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