第2話

 俺は領地外れの森へと無理矢理連れて行かれ、ぼろぼろのまま倒れ込んだ。


 去って行く騎士達の足元を見ながらも、意識が遠のいていく。


(……死ぬのか)


 ふと、女の笑い声が聞こえた気がした。



 俺はその瞬間、運命が変わるとも知らずに、深い闇へと落ちていった。


 ◇◇◇


 血の匂いが消えない。


 領地の外れに捨てられて三日、纏っていたコートを引きちぎった包帯もどきの下の傷口がズキズキと疼く。


 左目も傷が原因で視界の半分が常にぼやけている。


「……まだだ、まだ死ぬわけには……」


 今日もまた森の中、記憶を頼りに薬草を探す。


 幼い頃本で見た薬草学の知識が今、この命を繋いでいた。


「止血作用……鎮痛……」


 震える指で摘んだ草を噛み砕き、包帯を解いて傷口に押し当てる。


 激痛が走り、意識が遠のく。


 だが、これで傷が塞がる。


 剣に塗られていた神経毒の進行も遅らせられる。


「がっ……!」


 地面に顔を押し付け、痛みを押さえつけるように食いしばる。


 屋敷の方角からは、遠く離れたこの森にも祝宴の音楽が聞こえてくる。

 リリアンの家督継承を祝う宴だ。


「あの時……」


 決闘の朝、父がリリアンに渡していた剣には毒が塗られていたことに今更気づいた。


 あれは単なる決闘ではない。始めから処刑だったのだ。


「生き延びてやる」




 息も絶え絶えに這い続けること七日。


 国境の川までやって来て倒れ込んだ時の事だ。


「──まだ息があるわ」


 意識朦朧とする視界に、銀色の髪が揺れた。


「王女様、こんな穢れたものを拾われては」


「静かになさい、構わないでしょう」


 女──後にアリシアと名乗った王女が、俺の傷に平然と手を当てた。


「よくぞここまで生き延びた。この執念……素晴らしいわ」


 彼女の指先から冷たい魔力が流れ込み、傷の痛みが和らいでいく。


「な……ぜ……?」


「ふふ、私も父王に捨てられたことがあるのよ」


 アリシアの微笑みに、どこか狂気の影が見える。


「でもね家族に捨てられたなら、新しい力で這い上がればいい。成り上がって今度は、地に這いつくばらせる。諦めるなんて下らないと思わない?」


 彼女が俺の傷だらけの左手を優しく握る。


「貴方には魔の素質がある。私が教えてあげる」


 その瞬間、俺は理解した。


 この出会いが、俺に与えられた最後の賭けだと。


「おっ、教えてくれ」


「いい子だこと」


 アリシアが満足そうに頷く。


「まずはその肉体から再生させましょうか。少し……痛いわ」


 彼女は手を俺の胸にあてる。

 瞬間内臓を掴まれるような激痛が走った。


 俺は叫び声も上げられず、ただ視界が真っ白に染まっていくのを感じた。


「さあ、新しい命をあげる。代償は……その憎しみで払ってみせなさい」



 意識が遠のく直前、炎上する故郷の幻影が見えた。

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