卒業
またり鈴春
卒業
隣の家に住むお兄ちゃんは、
いつも流行りの本を教えてくれた。
友情系やスポーツ系、時にはコメディまで。色んなジャンルの本を教えてくれるお兄ちゃんに憧れていた。そして大好きだった。一人の男の人として。
ソムリエみたいに色んな本を教えてくれるお兄ちゃんだけど、恋愛系を教えてくれたことはなかった。それがいつも不思議だった。
ある日、思い切って聞いてみた。
「オススメの恋愛本はないの?」って。
お兄ちゃんは何も言わなかった。
聞こえなかったのかな?
もう一度、同じ質問を繰り返す。
念押しで、少し大胆なことを言ってみた。
「私、恋愛の本を読んでみたいな。
実は最近、気になる人がいてねっ」
無意識のうちに語尾が上がる。
心臓を打つ音がスピードを増していく。
だけど、お兄ちゃんは「静か」だった。
私がいくら声を弾ませようが、
私がいくら胸を高鳴らせようが。
まるで恋とは無縁の所にいるみたいで、まるで別人のようで。今までさんざん本について意気投合してきた私とお兄ちゃんの歯車が、ここにきて初めてズレた気がした。
「あまりウチには恋愛の本がないんだ。
だけど……うん、まぁ探してみるよ」
困った声色。
中身のない返事。
それらに呼応するように、私の眉尻も滝が落ちるスピードで下がっていった。
次の日、いつものようにお兄ちゃんは本を持ってきた。タイトルは「卒業」。
見た瞬間に絶句した。
なぜなら、これは失恋だからだ。
恋愛本を望んだのに、卒業がテーマの本を突きつけられたなんて。失恋以外に考えられない。
お兄ちゃんは昨日の私から何かを悟ったのだろう。赤い顔で「恋愛」を知りたがる私との温度差を覚えたのだろう。
だから線を引かれた。
遠回しに「俺はやめてね」と線引きされたのだ。
「恋愛とは違うかもしれないけど、よかったら」
「……うん」
歯を食いしばって涙をこらえる。
震える手を悟られないよう「卒業」の本を受け取る。
片手で収まるサイズにしては重いけど、長年紡いで来た片想いの集大成にしては余りにもあっけない質量。私が今まで焦がしてきたモノは、これほどちっぽっけだったのか。
「じゃあ、俺はこれで」
「……わかった」
分かったと言いながら、頭の中は何も分かっていない。現に虚しさが列を成し、胸に込み上がっている。でも、もう、どうすることも出来ない。
初めて失恋を経験した私は、静かに〝彼〟の背中を見送る。まるで霞ゆく恋心に手を伸ばすように「卒業できるかな」と、未練がましく背表紙をなぞった。
【完】
卒業 またり鈴春 @matari39
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