最終決戦①


「こんな夜遅くこんなところまで送っていただき、本当に感謝します」

「あいよー、よく分からんがいい旅を」


 ロマ神父に用意していただいた送迎の馬車の御者に、礼を行って馬車から降り、道が途絶えるギリギリ、国境線の近くに私ことハティとマーニ様はやって来ていた。

 本当に助かりました。おかげさまで、馬車の中でタキシードから普段の姿に着替えることもできましたし、首尾よく国境線付近までやってくることができた。

 国境線近くは、国から最端ということもあり、道はもう途中で途切れていて、青々とした背の低い草が生い茂る原っぱが広がる平野でした。そこに平野を区切るように川が一筋流れている。

 この時代、国境線というのはとても流動的で、警備もいなければしっかりと決められていることも少ない。今回で言えば暫定的に川を国境線代わりにしているもので。ある程度、地位や経済力(そこまでいく馬車を雇ったりなど)さえあれば、個人で往来することは自由でした。

 だから、このまま川をわたってしまえば、コーレリアを出ることができたのです。

 そして、川まであともう少し、あと少しというところで。

 横から空を切る、ものすごい勢いで何かが迫ってくる音がして、私はすかさずマーニ様を後ろに庇う。

 そして、それは大地を大きく穿った。

 私たちの行手を遮るようにして、わざと外されたそれは大きな槍でした。

 そして、槍が飛んできた方を見れば、そこにいたのは──。

 馬に乗った狼の意匠のヘルムを被った騎士。

 忘れるわけもない。

 王国騎士団、団長──オーディールでした。

 仮面舞踏会の会場から着替えてやってきたのでしょう。先ほどのタキシードとは打って変わって、屋敷に現れ、初めて対面した時と同様のの、軽装の鎧に肩当てやガントレットを装着した実用的な装備でした。

 オーディールは私がマーニ様を後ろに庇う中、馬から降り投げた槍の元までツカツカと歩いていく。

 そして、ボゴッと音を立てて、大地から大槍を引き抜いたのです。螺旋を束ねたかのような装飾を施されたその大槍は、一眼見て業物なことが伺える。


「槍……」

「狼血と相対するのであれば、本来の得物でなければ不足だろうと思ってな」


 どうやらオーディールは私たちを追って来たようでした。そして、剣は本来の得物ではなかったことを知り、私は歯噛みをする。

 剣の時点で互角だった。ならば、槍では……、勝てるか分からない。


「マーニ様だけでも行かせては、もらえませんか」


 一か八か、頼み込む。武人であるならば、戦えないマーニ様にはきっと手を出さないはず。


「別に俺はそれでも構わんが……、それはそいつの方がヨシとしないだろうさ」


 オーディールはマーニ様に『そうだろう?』 とでも尋ねるように地面から抜いた槍の穂先をマーニ様に向けた。

 マーニ様が静かに頷くと、騎士団長も神妙に頷きました。


「案ずるな。共に、地獄に送ってやる。地獄の底で添い遂げるといい」

 

 それは、私がとどめを刺す前、赤い花を咲かす前に言ってきた言葉によく似ていました。

 それはまるで、次はお前の番だと言われているかのようで。

 私は私がしてきたことが、この場面で返って来てしまったのだなと悟りました。

 法の守護者でもないのに、勝手に身勝手に人を裁いてきた罪が私の背に重しを乗せて、押し潰そうとしているのでした。

 ここまで来て……! 後、もうすこしで、マーニ様と新しい人生を送れるというのに……!

 私が、その重圧に押しつぶされそうになる中、そんな時でした。


「ハティ。一緒に生きよう」


 マーニ様が、そう言って、手を繋いでくださって。

 手を伝って、温かなものが胸にジワリと染み出していく。それが私を押し込めようとした重圧を内側からパリパリと引き剥がしていく。

 そうだ。マーニ様を、こんな宝物のような人を守るためならば、私はどれだけ罪に塗れたって構わない。そう覚悟して、私はこの手を血で汚してきたのだ。

 なら。

 こんなところで諦めるわけにはいかない。

 私は、オーディールへと向き直る。

 どんな相手だろうと、マーニ様を守るためならば、打ち勝ってみせる。

 潰えようとしていた意思を奮い立たせ、私が持ち直すのを見て、オーディールは不愉快そうに言い捨てました。


「愛がそんなに大事か」

「なにが言いたいのです」


 私が、その抽象的な物言いに眉を顰めると、オーディールは発言のディティールを上げた。


「愛しているのなら世界の全てを敵に回したって構わないと? 人を大量に殺しても構わないと?」


 オーディールは槍を私たちに向けながら、静かに、けれども滲むような怒りを込めて言葉を重ねていく。


「確かにお前達にも道理があるだろう! お前たちは自らに降りかかる火の粉を振り払ってきただけだ! お前たちを取り囲む世界は、清いものではなかったのも確かだろう!

 ──だが、お前たちは人を殺した! 自分達のために何人も何十人も。お前達が殺したのは革命派の貴族だけじゃないだろう! 貴族に仕える者は兵であろうと、普通の市民と変わらない、なんら罪のない無辜の民草だ! そんな人間が幸福なハッピーエンドを迎えていい道理があるというのか? 俺はそんなもの認めない!」


 オーディールはそこで槍で空を切り払った。迸る怒りが腕を振らせたのだろうか。

 オーディールは私たちの事情、それを鑑みた上で、私によって手を掛けられた者達のために怒りを迸らせているようでした。

 それは確かに私たちの犯した罪でした。


「お前達が殺してきた人間にも人生があったんだ、彼らはお前達の幸福の糧となるために生まれてきたわけではない! 悲劇をいいことのように脚色するな。誰か一人でも不幸なものがいたのなら、そんなものはハッピーエンドではないんだ!!

 俺はお前たちが踏み躙った全てのためにこの槍を取ろう!」


 そして、槍の柄を大地に突き立てる。

 そこには誇りと責任がありました。

 国を守る王国騎士としての矜持が、今ここにこの男を向かわせたのだと。


「それでもお前たちが自分たちの幸福へ手を伸ばすというのなら俺を越えてみせろ!」

 

 そして、オーディールは槍を構えました。

 その構えに一寸の隙はなく。

 私たちに最後に立ち塞がる相手として、きっとこの男の他に相応しい者はいない。

 私はこの男を通して、これまでの自分の罪と向き合わなければならないのだと。ようやく悟りました。


「最終決戦って感じですね」


 私はいつになく冷や汗を掻きながらもゴクリと息を呑んだ。息を呑みながらも、いつも“お花摘み”に出る前にするように、マーニ様に微笑みかける。

 それは、私の戦う姿を見守ってくださるマーニ様を安心させるためのルーティーンで。

 今回も、いつもと同じように、戦って、勝つのだ。


「大丈夫、勝ちますよ」


 そして、付け加える。


「それに、私も私の罪に向き合わないといけませんから」


 オーディールがそのためにやって来たというのなら、きっと私は向き合わなければならない。

 そう言い残し、手を放し前に出ようとする私の手をマーニ様が再度ぎゅっと掴んで。


「言ったはずだよ、君の罪は僕の罪だって」


 そして、マーニ様の青く澄んだ目が私を真っ直ぐに見た。

 いつだって、マーニ様は私が一人で背負い込もうとするものを一緒に背負おうとしてくれる。


「二人で生きよう」

「ええ」


 私はこんな状況だと言うのに、自然と微笑みながら頷くことができた。

 マーニ様は私との未来を、大切に思い描いてくださっていて。

 愛おしくてしょうがなかった。

 この人が、私の主人でよかった。

 マーニ様だから同じ夢を見たくなるのだ。

 そして、今度こそ、手を放し、剣を抜き放ち、オーディールへと一歩前に出る。

 最後の決戦の刻がやって来た。


「覚悟はできたか」

「ええ、時間をくださってありがとうございます」


 いまのいままでオーディールは、私とマーニ様の語らいを邪魔することはなかった。

 最初の槍にしたって、わざと外されたものでしたし、きっと卑怯な真似は好まない人なのでしょう。

 そして、さっきの物言いと言い、ぱっと見分かりにくいですが、おそらく高潔な人間なのでしょう。

 嫌いな人間ではなかった。

 けれど、私とマーニ様の前に立ち塞がるのなら、誰であろうと切り伏せる。

 私とオーディールは武器を構え、そのままじっと動かなかった。

 お互いに隙を見せず、見逃さず。膠着状態が続いた。

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