銀狼 vs 灰狼③
「行ってください」
「な──!?」
私と騎士団長がお互いに剣を向け合う中、そこに割って入って来たのが、騎士団長が連れていた女性でした。騎士団長に向かって、腕を広げ、こちらに背を向けて私を庇っている。
私は面食らってしまう。ですが、それ以上に驚愕しているのが、騎士団長でした。
「馬鹿! なぜお前がそいつらを庇うんだ!」
「だって、この人たちだって被害者でしょう!? この人たちを放っておいてあげなかった貴族達が、──私達がそもそも悪いじゃないですか!」
「お前のことも殺そうとしているんだぞ!」
何やら言い合っている。
どうも一枚岩ではないのらしい。自身を論う女性は、どうやら高貴な出のものらしく、こちらを庇う意図があるようだった。
こちらの顔を見られた以上、始末しないわけには……。と、私は言った。
だが、マーニ様を傷つける意思のないものを殺す必要はない。それは、私もマーニ様も望まない。こちらを庇うような相手に手を挙げるわけにはいかない。
私後ろの、マーニ様に視線を送ると、マーニ様も頷いた。想いは同じ。
この場にこれ以上の長居は無用だった。
マーニ様の手を引き、片手で抱き上げ、私は脱兎のごとく駆け出した。元コルネリウス領であるここには、秘密の通り道が張り巡らされている。
それを王族の従者である私は知っている。
「待て!」
騎士団長は制止の声をあげるが、止まるわけもない。
それどころか、私はすぐさま、騎士団長に向けて投げナイフを投函する。騎士団長は投げナイフをいとも容易く弾いてみせるが、これで飛び道具がこちらにあることはアピールできた。
守る者がいるのならば、危険を背負ってまで追う意思はこれで挫けるはずだ。
私が横目に騎士団長の様子を確認すれば、私たちを庇った女性を後ろに庇って、私を憎々しげに睨みつけていた。そう、それでいい。
私はそのままマーニ様を担いで逃走を開始した。
目指すは、下水道だ。
路地裏に入り込み、下水道の門を開ける。門の鍵は常に携帯している。そして、身を滑り込ませて、門を閉じる。下水道の酷い臭いが、鼻にまとわりつくが、そんなことを言っている場合ではない!
下水道、汚泥の溢れるそこをマーニ様を抱えたまま走り抜けていく。
「ハティ……」
マーニ様が心細そうな声をあげる。
敵に屋敷に押し入られ、こうして逃げ出したことで不安なのだろうと私は判断し、マーニ様を励ますためにも、声を明るく小さく張り上げる。
「マーニ様、大丈夫です。きっと逃げ切れますから!」
けれど、それはどうにも的外れだったようで。
「そうじゃなくて」
マーニ様はそう前置きして、訂正する。
「下ろして、僕も走れるから。僕を担いだままよりそっちの方が早いでしょ?」
そして、私の背をポンポンとマーニ様が叩く。
確かに、街中ならともかく、足が取られる汚泥の中ならばマーニ様を下ろして、二人して走った方が早い。
ですが、さっきから言っている通り、下は汚泥だ。
「お召し物が汚れてしまいます」
けれど、マーニ様も譲らない。
「僕は、大丈夫だよ。ハティと一緒なら。
ハティにだけ汚れさせるより、僕は君と一緒に汚れたい」
そして、まだ自身を抱え続けられているのが我慢ならないのか、ジタバタと私の腕の中で暴れ出す。
これでは、体勢を崩して汚泥にマーニ様を落としかねない。
「マーニ様!? わ、わかりました。下ろします下ろしますから!」
私は、いつもは大人しいマーニ様がこんなお転婆なことをするなんてと驚きながら、そっと、汚泥へマーニ様を下ろした。マーニ様の足元が汚泥へ沈んでいく。
「えへへ、靴の中まですっかりグチャグチャだ」
私が言った通りマーニ様が一歩一歩踏みしめるたびに、お召し物が汚れていく。
けれど、マーニ様は何故か心無しか嬉しそうだ。
「行こう」
そして、マーニ様は私の手を取ってくださる。
私はマーニ様が手を握ってくださって、ぼうとしてしまったが、はたと気づく。呆けている場合ではないのだ。
逃げなければ。
けれど、どうしてだろう。
マーニ様が手を握ってくださるだけで、きっと大丈夫だと思えるのは。胸に暖かいものが満ちていく。それは先の戦いで毛羽立ってしまった私の心を宥めていく。私の心を癒してくれる。
私はマーニ様の言葉に頷いて、マーニが握ってくださる手をしっかりと握り返す。決して、この手を手放さないように。
すると、マーニ様もこんな状況だというのに、満足そうに顔を綻ばせた。きっと、これでいいのだろうと、私も思った。
手と共に心を繋いで。
下水道の暗い途を、私とマーニ様は二人寄り添い合いながら駆けていくのでした。
──── to be continued.
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