みただけで、わかるでしょ?
大星雲進次郎
みただけで、わかるでしょ?
変な風邪でもひいたのか、今朝起きたら声が出なくなってしまっていた。
他の体調はすこぶる良いので、会社を休むわけにもいかない。これは人それぞれの感じ方だけど。明日には治っていそうだから、いわゆる様子見だ。
「おはようございます」は言えないので、フロアの入口で丁寧にお辞儀。
ここでザワってするのが若干腹が立つけど、元気印の私の声が聞けないのが寂しいんだろう、と思っておく。
中には心配そうにしてくれる人もいて、私は喉を指さしてから両手の人差し指で小さくバッテン。
「喉調子悪いのね。声もダメなの?」
うん。
「今日はみんな寂しがるわ~。早く治ってね」
ありがと~と手を振って自席へ向かう。
途中先輩の横も通るけど、今日はお喋りできないので、ウインクだけでご挨拶。
「え?」
課長に今日は声が出せないことを伝え自席に着くと、もう暇。
思えば朝はずっと先輩の所でお喋りしてたから、休憩の時に読むような雑誌も持ってきていないし、先輩がスマホゲームとかしないから、私もしていない。今日から今更するのも何だし、明日には治ってるし。
となると足が向くのは先輩の所。
「おう、おはよう」
と先輩のいつもの雑な挨拶。
私は先輩の席の横に立って、笑顔で先輩を眺める。
ニコニコ。
五分。
七分……。
先輩が時折気味悪そうに私の方を見る。
「あの……俺、また何かしちゃった?」
ふるふる、首を横に振る私。ニコニコ。
あ、時間だ。
先輩に手を振って別れると私は朝のミーティングに急ぐ。
「だよな。いつもおかしな事を言い出すから騒がしいイメージがあるのであって、基本は真面目でおとなしい……」
主任ちゃんに見てもらった書類を課長に出しに行ったら、課長がしみじみと呟いた。
何ですかそれ、いつも真面目でしょ?私が抗議でほっぺを膨らますと、
「ああ、すまん。どうだ喉の調子は?今日は急ぎもないから、早めに上がってもいいんだぞ」
などと気遣ってくれる。このイケオジめ!
課長の魅力にやられながらも席に戻ると、今度は主任ちゃんが話しかけてくる。
皆お喋り好きだね~。
「そういやあんた、動き方とか綺麗よね。いつも騒がしいから、動きも雑な気がしてたわ」
私の名誉のために言っておくが、私はガサツな子ではない。多少賑やかな子だという自覚はあるけれど。
私はニヤリと笑っておいた。
「……調子悪いのは喉だけみたいね」
ちょっとティーブレイク。
いつものように先輩にコーヒーを持って行ってあげる。
「お、ありがとう。いつもすまんな」
いえいえ、私ゃ好きでやってるのじゃよ……なんてね。
「そうそう、この前言ってた花見の件だけどさ、お前んちの近くの公園って毎年どのくらい混む?」
ん~わかんないな。
私はコテン、と首を傾げる。ちょっとオーバーにやらないと伝わらないからね。
「何だよ……可愛いな。そっかぁ分からんか」
今、可愛いって言いました!?
「そんなに顔赤くしても今日は喋らない気か?また変な記事読んだんだろう?」
あ、先輩に言うの忘れてたか。
私はゼスチャーで声が出ないことを伝える。
「ワタシ?ペケ?……いや、うるさい時はあるけど、別に駄目じゃないぞ?お前んとこの課長には刺激がキツいみたいだけど」
違う違う!
「喉?ペケ?……仕事上がりにカラオケ?だから喉作ってんのか。あれってある程度声出して置いた方が良いんじゃないか?どんなでも割と俺おまえの声好きだし」
先輩、ゼスチャーゲーム下手かよ!
それに「先輩が私の気に入ってるところ」混ぜてくるの止めてくれません!?
ちょっと、ハートがキュンでブレイクしちゃいそう!
「あんた……本気?」
あまりにも通じない先輩の様子にイラっときたのか、主任ちゃんの介入。
主任ちゃん、助けて。私もう立ってられないかも。
「この子、今日喉痛めてて声が出ないのよ」
「……おお!確かに。そんなゼスチャーにとれなくもない。お前、下手だなぁ」
うっわ、銀河の果てまで投げ飛ばしてぇ!
「それに、無自覚で誉めるのも止めてあげて。ほら、もう死にそうよ」
だいぶ冷静になりましたけどね!
「お、分かるぞ。何か怒ってんな~」
そりゃそうでしょうね!それくらいは分かるでしょうね!
「ほら、口開けてみな」
え?なんて?
………………。
「……甘い」
不意打ちで先輩が私の口に放り込んだのは、甘い甘い飴だった。
「だろ?」
純粋な甘さの黄金の露が私の痛んだ喉を癒していく。本当にお馬鹿な人だけど、やっぱり大事な人だ。
「先輩……」
「ん?」
「お話ししたかったの、朝からずっと」
「まあな。俺もだよ」
みただけで、わかるでしょ? 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G
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