夢の中の元彼

花 千世子

夢の中の元彼

 今日は、彼氏と公園へ行った。

 その公園は、あちこちにハニワがあって彼氏と笑いながら写真を撮りまくった。


かえで、この写真を『イソスタ』に載せたら、いいねものすごくつくよ」


 彼氏がそう言って笑った。

 わたしは思わずその笑顔を写真に残した。

 

 アラームの音とともに目が覚める。

 スマホを操作しながら、ため息。

 またあの夢だ。

 今日は公園でデートしてた。夢で。

 昨日は映画館でデート。夢で。

 

 私は、ここしばらく彼氏がいない。

 元彼と別れてそろそろ三年が経つ。

 とはいえ、元彼に未練があるわけじゃない。

 フリーランスは出会いがないのだ。おまけに引きこもりだし。

 危機感はない、二十三歳の春。

 ちなみにイソスタはやってない。



「楓ちゃん、『イソスタ』に自撮りとか載せてるの?」


 彼氏が遠慮がちにそう聞いてきた。

 今日はお家デートなのだけど、突然そんなことを聞かれた。


「え? 自分の写真は載せてないよ」

「そっか。よかった」

「危機管理はしっかりしてます」

「危機管理もそうなんだけど、やっぱ心配なんだよね……」

「大丈夫だよ。うっかり載せるってこともないくらい気をつけてるから」

「そうじゃなくて。楓ちゃんかわいいから、変なのに絡まれたらいやだなあって」


 彼氏が照れくさそうにそう言った。

 私は思わず彼氏の頭をなでる。


「大丈夫だよ。私のことかわいいって言うの、さとしくんだけだから」

「なにいってるんだよ。楓ちゃんは誰が見てもかわいいよ」

「そんなこと言ったら、聡くんだってイケメンじゃん」

「は? それこそ楓ちゃん、おかしいよ」

「自覚ないのー? それならそれで安心かな」


 私たちはそう言って笑い合う。

 アラームと共に目が覚める。


「爆発しろよ! バカップル!」


 思わず朝から罵声が飛び出す。

 いやだってさあ、なんで彼氏いないのに、こんな映像を見せられなきゃいけないの?

 自分の夢とは言え、許せない!

 でも、誰を怒ればいいのか分からない!


 私はため息をついて思う。

 夢に出てくる彼氏の夏目なつめ聡くんは実在する。

 小学校六年生の時に好きだった男子だ。初恋だった。

 ものすごく頭が良くて、めっちゃ優しくて読書家だった。

 一見地味な雰囲気だけど、整った顔立ちが大好きだったな。

 クラスの女子たちが足の速い男子に夢中だった時。

 私は夏目くんに夢中だった。

 

 夏目くんが私立の中学に行くと知り、私は小学校の卒業式に彼に告白をした。


「ありがとう」

 

 夏目くんがそういって笑ってくれただけで、私は満足だった。

 連絡先は交換していない。

 もう会えないと覚悟したからこそ、告白ができたんだ。


 高校生になり、私は電車通学になった。

 駅のホームで真新しい学生服を着た夏目くんを見つけた瞬間、心臓が止まりそうになる。

 間違いなく、あれは夏目くんだった。

 私が逆立ちしても行けない頭の良い高校の制服を着ていた。

 そっか、同じ方角の電車なんだ。

 そう思ったけれど、声なんかかけられなかった。

 駅のホームや電車の中で、偶然夏目くんの近くにいて目が合うと会釈をする。

 それだけの関係だった。


 高二の夏、私に初めての彼氏ができた。

 同じ高校のクラスメイトだ。

 高二の秋の終わりに、その彼氏と別れた。

 ちょうどその頃、夏目くんは同じ高校の女子と電車に乗ってくることが増えた。

 私は(夏目くん、よかったね)と誰目線なのか分からない感想を抱いた。


 高校を卒業するまで、夏目くんとは会話をしたことがなかったっけ。

 あ、卒業式の日に電車を降りたところで、夏目くんに話しかけられたな。


「あの、ちょっと」


 夏目くんはそういってから、しばらく考えこんだ。

 それから、絞り出すような声で言った。


「卒業、おめでとう」

「夏目くんも、卒業おめでとう」


 私は笑って言うと、夏目くんに手を振った。

 とっくに夏目くんへの恋は終わっていた。

 だから彼氏ができたわけで。


 それなのに今頃、なぜ夢に出てくるの?

 初恋の人が夢の中では、彼氏として出てくるって……コラムのネタにするぞ。

 まあ、どうせこの夢も長く続かないだろうな。

 そう思っていたけれど、夏目くんと付き合う夢は一年近く続いた。

 今まで付き合った中で最長だよ(夢だけど)

 だけど、一年近く続いたところで夏目くんは夢に出てこなくなった。


「やばい、なにがやばいのか分からないけど、なにかしらヤバい」


 自室でひとりごとをつぶやく。

 また桜の季節がやってきて、私は二十四歳になった。

 なんだこの焦燥感。

 彼氏がいないからか、それとも周囲が結婚ラッシュだからか。

 それとも、ここのところめっきり夏目くんが夢に出てこなくなったからかな。

 きっともう彼は元彼なんだ。付き合ったのは夢の中だけだけど。

 

 そんなことを考えていると、スマホが鳴る。

 小学校からの幼なじみからだった。


『もしもし楓ー。来月、同窓会やるけど来るよね』

「同窓会かあ……。そもそも外に出るモチベすらないんだけど」

『夏目くんも来るよ。夏目くん、結婚もしてないし彼女いないって』

「行く」


 久々に夢の中の元彼に会える。 

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夢の中の元彼 花 千世子 @hanachoco

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