“回路”のウワサは僕を呼ぶ

yolu(ヨル)

第1話 都市伝説

──都市伝説『回路』。


21世紀初頭、大都会から少し離れたO市の地下に、特殊な研究施設があったという。

まるでアリの巣のように、無数の回廊で繋がれた地下研究施設では、AIロボット、現在では生活必需品である通称デバイスの根幹ともいえる、AIプログラムの実験が、繰り返し行われていた。


その頃、日本では諸外国と貿易摩擦が悪化。いつ、火種が大きく膨らみ、国同士の争いになるかわからない状況に……

そこで政府は極秘に、最新AIを兵器使用に決定。

現在は解消されているが、過去、日本は人口減少が激しく、兵士としてAIロボットを使用しようと考えたのだ。

しかし、感情学習を元に戦闘学習も加わったことで、AIロボットが暴走……!


AIロボットは、施設内の器具、機械、そして人体を取り込みながら、多様に兵器化。

手に負えなくなった国は、まだ生き残っていた研究者たちと一緒に、分厚い扉で封鎖することにした……


……だが、一つだけ、指が一本入るぐらいに開いた扉があるという。

その扉には『閉じるな』と書いてある。

もし閉じれば、AIを封じた回路がつながり、研究所が作動してしまうというのだ……


君も、地下の扉には気をつけろ。

薄く開いている何気ない扉は、回廊の回路をつなげるスイッチかもしれない────


「夏になってきたね。また、やってるよ……」


 夕食のお供につけたタブレット画面の左上に、『シン・都市伝説』と、文字が浮かぶ。

 夏休み目前なのもあり、本格的な怪談番組というよりは、少しライトな都市伝説で場を繋ごうという、そんな雰囲だ。

 背景の景色が、溶けるように入れ替わる。

 モザイクがかかった夜の住宅街を背景に、都市伝説研究員という設定のカラフルな白衣を着たアイドルレポーターが立っている。

 ゆっくりと歩きながら彼女が手を翳した場所は、自分が通っている大葉市立高等学校で違いない。

 モザイク越しでもわかる特徴的な塔がある。

 現在もアナログで時刻を知らせる鐘が吊り下げられている塔だ。

 鐘は、17時以降は鳴らない仕組みになっており、朝の8時から時刻を知らせる鐘が1回だけ鳴らされる。唯一2回鳴らされるのは、朝の8時45分のみ。この鐘が鳴り終わる前に学校に入れば、遅刻ではないという校則がある。


 ポップな髪型をしたアイドルが、格好と似合わない真剣な顔つきで、背中越しにあるグラウンドを手でさした。


『現在は、普通の高校のグラウンドです。手入れ、整備され、サッカーのゴールなどが設置されています。……しかし! ここには、過去の研究施設が埋まってい』


 僕は画面を見ながら、ご飯を口に詰める。

 なかなか減らないおかずと茶碗の中身に苦戦しながら、この都市伝説を僕はいつから知っているだろうと考えてみたが、物心のついた子どもの頃からで間違いない。ただ、真偽のほどはわからない。大人に聞いても、そんな噂は知らないと言うからだ。

 第一に、デバイスが人のそばで生活するようになって、すでに200年近い。

 それほどの時間が経過しているのだから、デバイスの原形となった研究所など、仮にあったとしても、すでに崩壊しているに決まっている。


「ほら、7代目、画面ばかり見てないで。ご飯、進んでませんよ?」


 膝にふわりと乗ってきたのは、アニマル型デバイス・猫(長毛種)仕様のモフモフさんだ。

 服部家に代々引き継がれてきたデバイスで、母から僕に受け継がれたものだ。

 そのため、モフモフさんはデバイスのなかでも、初代アニマル型になる。コレクターの中では、かなりの高額で取引されるヴィンテージデバイスだとか。

 確かに古いため、デバイスの性能としては検索結果の速度が遅いし、新しくできた追加機能をダウンロードできない。

 けれど、モフモフさんの灰色の毛皮はいつもふわふわだし、頭のてっぺんはパンのこげた良い匂いがする。ふっかりした手は、いつもしっとりした肉球で僕の頬を撫でてくれるし、鼻の先が生きている猫と同じくびちゃびちゃしてて、湿度がわかりやすい。


 ……でも、いつも言われていた。


「──ソレ、買い換えないの?」

「ダサくない? アニマル型なんて小さい子ども用じゃん」


 新型が出る度に入れ替えるクラスメイトから、何度となく言われたけれど、モフモフさんを手放すなんてあり得ない。

 僕にとっては、とってもとってもかわいい、大事な家族だ。

 その彼が、僕の胸元をふかふかの手でトントンと叩く。


「茶碗の中身、半分にもなってません。なにか追加でおかずをお持ちしますか?」

「大丈夫。ちゃんと食べてるって」

「そうは言いましても、おじい様がいなくなってから食欲が落ちてますからね。世話役としては心配なんです」

「そりゃあね。……でも、すぐには、元に戻れないみたい」


 がらんと空白が目立つ家だけど、半年前まで祖父がいた──


 祖父は、元デバイス研究者で、幼い頃に亡くした両親も同じくデバイス研究者だったという。

 子どもの頃は、『将来は科学者だね』なんて言われてたりもしたっけ。

 でも僕が物心着く頃には、祖父はすでに引退していて、ご近所さんからは『先生』って呼ばれていた。その呼び名の通り、祖父は近所の子どもたちに勉強を教えたり、それこそ、近所の人たちのデバイス修理やセッティングなども嫌な顔せず引き受けて、ご近所の万屋だった。

 だから、この小さな平屋の縁側にはいつも人がいて、笑い声があって、小さな庭にはデバイスと子どもたちが走っている、そんな家だった。

 でも今は音もなく、静かで暗い色に沈んだ場所になってしまった。


「アラアラ、ユウさんの消化にいいものをと、煮物にしたのがよくなかったカシラ」


 家事ロボットのヤスコさんだ。

 丸い頭に横一列に4つのレンズが並び、ボディは細く丸い。そこから4本の腕が生え、足回りは360°移動しやすいローラーを備えたAIロボットになる。

 祖父が結婚したとき、祖母のために買ったときいている。

 もう60年近く、今も現役で僕を支えてくれている、とても頼もしいお母さんだ。


「そんなことないよ。肉じゃが、僕、好きだし」

「ソウ? 食べたいものがあったらいってチョウダイ」

「ありがと、ヤスコさん。じゃあ、明日の夜は、エスニックがいいな」

「ワカッタワ。胃に優しいの、選んでおくワネ」


 僕はヤスコさんとの会話が終わらないうちに、タブレットに視線が釣られてしまう。

 視界の中で動くものを追ってしまう習性をどうにかしたい。


 ぐるりと画面が回りながらスタジオに戻り、司会者が画面いっぱいに映される。

 今の話題を示すように、左上には『デバイスエラーに謎を解く鍵が?』と書かれており、司会者がデバイスエラーで芸人に話題を振ると、自身のデバイス失敗談で笑いを起こした。

 僕もふふと小さく笑ったけれど、僕の高校でも先日デバイスエラーがあったことを思い出していた。


 今流行りの妖精型デバイスが、マスターである生徒の顔に張りつき、階段途中から転倒。打身と軽い捻挫を負ったという話だ。

 ただ原因は、裏MODをデバイスにインストールしたからだという。

 初期化をしたら直ったとはいうけれど、数日間、妖精型オーナーたちは、戦々恐々としていたのを思い出す。


『いやーね、その都市伝説と関係あるんですかね? デバイスエラーの傷害事件も多いでしょ?』

『ふつーはさぁ、デバイスエラーは通信障害がほとんど。検索できないとか、通知が遅れるとか。でも、O市のとこは暴れるっていいますよねぇ』


 待ってましたとばかりに、司会者にカメラが寄る。


『そこで今日は、デバイスエラーで怪我をされたというKさんとつながっています。伺ってみましょう……』


「……モフさんがエラー起こしたら、困るな、僕」

「わたしがエラーですか? そう簡単にはさせませんよ」


 ふふんと胸を張るモフモフさんの胸毛がふわりとゆれた。

 いつも日光浴を欠かしていない胸毛はふわふわだが、さっきブラッシングをしたおかげか、さらにふわっふわの胸毛を揺らして自慢げに胸を反る。

 つい胸毛を撫でると、モフモフさんはぐふふぅと喉を鳴らしながらも、不満そうに顔をしかめた。


「7代目、ごはんの最中に、わたしを撫でるのはダメっていったでしょう?」

「立派な胸毛があるからいけないんだよ。あのブラシ、いいみたいだね」


 唐突に、不気味な不協和音が鳴る。

 あまりの音に僕の肩がびくりと揺れ、思わずタブレットに目を向けた。

 そこには禍々しい字体で『SERPENT』と文字が浮かびあがっている。


『このデバイスエラーに、秘密結社・サーペントが関わっているのですっ……!』


 りんごに巻き付いた蛇のマークが、この秘密結社のマークと言われている。

 政界人から著名人をはじめ、富裕層にも広まっていると説明している。

 だが、有名な秘密結社であるフリーメイソンの会員にも会ったことがないのだから、これも僕にとっては懐疑的だ。


「サーペントって、フリーメイソンぐらい有名なの?」

「そうですね……」


 モフモフさんはデバイスらしく検索をはじめた。

 厚みのあるふわふわした耳を左右に傾ける。

 ヒゲが揺れると検索終了だ。


「……検索結果としては、人間にデバイスが現れてから出てきた秘密結社のようですね。やはり、フリーメイソンのほうが格上かと、わたしは思います」

「だよねぇ。でもさ、絶対『回路』の都市伝説とセットだよね、昔っから」


 肩を優しく揉みあげられる。

 ヤスコさんだ。

 振り返ると、キュルンとタイヤを鳴らして、カメラがギュゥと絞られた。


「ユウさん、お風呂は何時にシマス?」

「ありがと、ヤスコさん。じゃあ、30分後ぐらいに」

「ワカりまシタ。さ、入浴剤、なんにしようカシラ」


 僕はタブレットを消し、ご飯と対峙する。

 全然減っていないご飯を勢いよく口の中に詰め込んで、何度か咀嚼、ぬるくなった味噌汁で流し込んだ。狭い食道に食事の塊がずずずっと動いていくのを感じながら、最後に麦茶をゆっくりと飲み干した。

 少なめに盛り付けてもらった食事をどうにか食べ終え、音の全くしなダイニングテーブルで手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


 いつも食事のあとに思い出す。

 祖父の言葉だ。

 ご飯を食べた後に、必ず頭を撫でながら、



優羽ゆう、お前は、強い子だ。その時が来たら、ちゃんと、解決できる』



 幼少の頃は、それだけで強くなった気でいた。

 中学から、頭を撫でないでって断った僕は、今も気弱なままで、何も変われていない。

 何より僕は、じいちゃんみたいに、人の役に立てていない。

 幼い頃に撫でてもらった感触を思い出そうとしたけれど、手の大きさも、手の硬さも、棺桶に入ったときの祖父の手で、ぜんぜん思い出せない。

 冷たい祖父の手は、硬くて、僕よりひと回り、小さかったから。


「……じいちゃんがいたら、なんて言ってるかな」

「7代目、『思い出検索』をしますか?」

「ううん。大丈夫」


 僕は食器を流しに運び、ヤスコさんに振り返る。


「お風呂、あとどれぐらい?」

「アト、21分で完了シマス」

「じゃ、少し本読んで待とうかな。モフさん、沸いたら教えてよ」

「かしこまりましたよ」


 居間のソファに腰をおろした僕に、ヤスコさんがお茶を淹れてくれる。

 となりにはモフモフさんが人間と同じように座り、肉球を自分に向けた。

 ブンと音を立てた現れたのは、電子雑誌だ。


「モフさんは何読むの?」

「先ほどの都市伝説が気になったので、その関連雑誌です」

「へー」


 読みかけの文庫本を手に取った僕は、付箋をつけておいたページを開いた。

 数行読み返せば、どんな話か思い出せる。

 すぐに物語のなかに潜って、主人公をじっくり読み込んでいく。

 冒頭は、親友が殺される場面から始まった。そこから旅を続けていた主人公だが、まさかの中盤で親友にそっくりな騎士を見つけるなんて……!

 前のめりで読みだしたとき、モフモフさんに太ももを揺すられる。


「お風呂、沸いておりますよ? 区切りが悪いところで申し訳ないですが」

「あ、ありがとう、モフさん。ぜんぜん沸いた音、気づかなかった」


 僕は慌てて脱衣所へ向かうが、少し前を歩くモフモフさんの足音が、たしたしと響く。

 急に振り返った目が赤く光った。


「お風呂が冷めはじめています。沸かし直しますか?」


 赤い目は僕の全身をくまなく捉え、暗い廊下も見通せる。

 一瞬にして、さっきの都市伝説がフラッシュバックした。

 暗い廃墟の施設のなか、意識を持った奇怪な生物ともロボットとも言えない物体の目が、一斉に光る……

 そんな光景を想像し、背筋が寒くなるのを感じる。


「……えっと、ぬるいわけじゃないでしょ?」

「ええ、ぬるいわけじゃありません」

「なら、そのまま入るよ」


 僕は脱衣所に入ると、服を洗濯機につめこみ、浴室へ。

 一人しか人間がいないのだから、お風呂の入り方は自由だ。

 何も考えず、真っ先に湯船に足を沈めたが……


「……え、あ、あっつ!」

「現在、41℃です。火傷はしませんよ」


 呑気なもふもふさんの声が浴室に響く。

 なぜかお風呂の監視もモフモフさんの業務の一つだ。

 それこそ中学に上がったときに一緒に入らなくていいって言ったけど、


「7代目になにかあってからでは遅いですから」


 胸毛をふわりと揺らしてお風呂場に入ってくるモフモフさんを僕は止められなかったため、現在も引き続き、モフモフさんもお風呂場へ。

 だからといってお湯に浸かるわけでもなく、お風呂の縁にちょこんと座って、鼻歌を歌いながら僕のお風呂を待つだけだ。


 僕は顔を真っ赤にしながら、全身をお湯に浸からせ、熱さに体を慣れさせていく。

 この時間が一番辛くて、気持ちがいい……!


「7代目、あと3分20秒でのぼせます」

「じゃ、一回上がるかな……」


 ヘリに手を乗せたとき、お湯が揺れる。

 自分の身体を持ち上げた波とちがう。


 カタタタタタ……


 すぐに小さく物と物がぶつかる音が聞こえて、地震だと判断。

 だが、現在、素っ裸だ。


「ちょ、あ、モフさん、震源地どこ? 意外と地震大きくない!?」


 脱衣所に飛び出した僕は、タオル一枚をひっつかみオロオロしていたけれど、思ったよりも早く振動が落ち着いた。


「また地震だよ……。最近、多過ぎじゃない? この前もさ、」


 モフモフさんは、じっと部屋の角の一点を見て、固まっている。

 声をかけようとするが、大きな駆動音が廊下から迫り、びたりと脱衣所のドアの前で停止した。


「ユウさん、モフさん、溺れてナイカシラ!?」


 勢いよく開いた扉から出てきたのはヤスコさんだ。

 瞬間、目が合う。


「アラ!!!」


 ヤスコさんの声に僕はすぐ下に視線をずらす。

 取ったタオルは、僕のボク・・を隠すことなく、ただ小脇に挟んでいただけだった……

 ヤスコさんの「ゴメンなさいネェェエ」の叫びが、妙に心苦しい。


「7代目、いざってときの練習が必要かもしれませんね」


 いつもと変わらないモフモフさんが足元にいる。

 僕は気にしないフリをして、また浴槽へと身を沈めなおした。

 今度はちょうどいい温度にホッとつくけれど、モフモフさんの意識はさっき、どこへ飛んで・・・いたんだろう?

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