テロリストはミスらない

朝倉亜空

第1話

 平和荘202号室住人国尾護。この男は名前とは裏腹にもテロリストである。

 眼光鋭く、鍛え上がった肉体には一切の贅肉がなく、抜群の運動神経で、常に俊敏に動き回る、そんな男がいるとしたら、そいつはこの国尾とは真逆の位置にいる存在である。

 つまり、国尾の外見はテロリストとして最もふさわしい風貌をしているということだ。人生、怠けてしか生きてこなかったかの様なたるみきった目つき、ヒョロガリ猫背、愚鈍な動作、ザ・役立たず。まさかこんな奴が凶悪なテロリストだと誰ひとり疑うはずもない存在。それ故、最もふさわしいのであり、世界中のテロ界において、誰もが欲しがる逸材なのだ。

 逸材である理由はほかにもある。

 外見の無能感とは裏腹に、国尾は指先が抜群に器用であった。

 その腕を買われ、国尾は組織内において、テロ工作破壊用武器組み立て係を専用任務とされていた。

 平和荘202号室に宅配便で送りこまれる様々な部品を、国尾の器用な指が次々と本格的なテロ用兵器へと仕上げていくのであった。うちわ型ブーメランカッター、手持ち扇風機型猛毒噴霧器、エッグサイズの小型爆弾などという物騒なものを、国尾のゴールドフィンガーは四畳半一間の小さな部屋の中でひっそり静かに完成させていった。一切、外出などしないと表現しても良いほどに、極ごく僅かにしか外へ出て行かない国尾なので、この古賃貸に住むほかの住人は誰も国尾のことを何一つ知ってはいなかった。国尾もまた逆に同様であった。せいぜいが安仕上がりの薄い壁故に、隣室のテレビの音や電話の会話が聞こえ、隣人が在宅中かどうかが分かる程度である。よって、国尾は常にある意味のびのびと破壊工作活動に熱意を傾けることが出来ていた。

 今回、国尾が請け負った任務は、ボックス爆弾。弁当箱にかたちを似せたものだった。

 まもなく、関西地方において、世界規模の大見本博覧会が執り行われることになっているのだが、国尾らテロ一派は次の活動のターゲットとしてそこを選んだのであった。会場に点在するごみ箱に食べ終わった弁当に見せかけて放り込んでいくのだ。

 早速今日、一つ目の組み立て部品入りの箱が本部より送られてきた。

 一見、何の変哲もない段ボール箱だ。だが、この箱にはちょと細工が施されてある。密閉のために貼られているガムテープには特殊な施しがされてあり、普通に剥がす、あるいはカッターで切り取ると、テープに組み入れている導線が切れてしまい、箱に仕込まれた爆破装置が作動し、箱内部の物をバラバラにしてしまうようになっているのだ。万が一、公安に感づかれ、連中の手に渡ってしまった時、一切の情報や証拠を残さないようにするためである。

 国尾は届けられた段ボール箱の上から10センチ下を上手にサーっとカッターを走らせ、ぐるり一周切り取った。ガムテープには一切触れていない。

 箱の中には数種類の組み立てパーツが入っていた。

 国尾はちょちょいのちょいであっという間に初回到着分を組み上げた。組織からは100個作る予定だと知らされていた。初回分で50個。組み立て分はもう一度送られてきて、さらにその後で爆弾100個分の仕込み用の火薬が届けられるということだった。

 数日後、予定通りに二度目の箱が届いた。ガムテープを傷つけぬよう上手に箱の上部を切り離し、国尾は嬉々として50個の弁当型爆弾を組み上げた。国尾はテロ用武器を作り終えた時の、このひと時を何とも言えず、心地よく気に入っていた。酔いしれていたと言っても良かった。何だか人気の犯罪小説のニヒルな主人公にでもなったかのような気分に浸れたからだった。ヒョロガリたるみ人相の分際でありながら。

 国尾はその酔いに浸りながら、煙草を一本、また一本と立て続けに二本吸った。大きく吸い込んだヒョロガリ男の貧弱な肺臓の中を白い煙がパンパンに充満している。ふううーっと大きく噴き出すと、滅茶苦茶美味かった。国尾は次の段ボール箱が届くのを早くも楽しみに感じていた。

 さらに数日後、いよいよ最後の段ボール箱を受け取る日がやってきた。

 組織からのお達しには、今回はいつも以上に十分気を付けて箱を開けるようにと告げられていた。無論、国尾もそのことは重々承知していた。今回は爆弾100 個分の火薬である。ガムテープを少しでも削ってしまえば、箱に仕掛けてある爆破装置によって、火薬に引火、巨大爆発となる。

 夕刻4時過ぎに宅配業者からずっしり重たい段ボール箱を受け取った国尾は、少し手首をブラブラさせ、緊張をほぐしながら、箱の上から10センチ下をサーっとカッターの刃を走らせた。いつものように箱上部はきれいに切り取れた。それを手でのけて、中を見た。

「え……?」

 火薬などはなく、そこにはぎっしりとリンゴが詰め込まれてあった。

「な、なんだこれ?」

 国尾がいぶかしがっていると、どんどんと玄関の戸が叩かれ、宅配業者の国尾を呼ぶ声がした。国尾は玄関に向かい、戸を開けると、業者が言った。

「すみません、さっきのお荷物ですが、お隣と間違えました。いつも気を付けてはいるんですが、ここ、ややっこしいんですよね、202号が国尾護さんで、203号が国毛守さん。お互いのお届け物を逆に渡しちゃったようで…」

 その時、国尾の耳に薄い壁の向こうから隣人の嬉しそうな声が聞こえてきた。

「田舎の婆ちゃんからのリンゴが届いたぞ。さっそくテープを剥がして箱を開けよう!」


 

 

 

 


 

 

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