第5話上座と下座の概念を取っ払って「通路近い方が楽だから」とドア付近に先輩が来たら後輩はどこに座るべきでしょうか

 テーブルに並べられていた肉料理の皿は全て下げられ、食器のセットを済まされた。

 少しして、店員がプレートに並べられてたデザートを持ってきた。一つだけ大きなプレートがあり、そこには『結婚おめでとう』とチョコペンで書かれたものがある。島田あやのために用意したものだ。


 おっとりとした性格のあやも、サプライズに喜びの表情を見せていた。

 あやとの付き合いが長い千咲はサプライズ自体に喜ぶというよりは、喜ばせようとするために計画を練ったことそのものを喜んでいたんだろうと勝手に思っている。あやはそういう優しい人なのだ。


 きれいなデザートを用意されたら次は写真撮影だ。大切な記憶は写真に撮って残したい。

 インカメラに切り替えて自撮りをするとフレームいっぱいに人が収縮された写真が出来上がる。距離感が近くなりカジュアルな感じが、今日集まったメンバーの親しさを物語っていた。


 とはいえインスタグラム用に綺麗な写真も欲しい。

 そう思ったタイミングで「良ければ写真いかがですか?」と店員が声をかけてくれた。両手を胸あたりに上げ、人差し指をくいくいと動かす動作はシャッターを切るジェスチャーをしていた。

 粋な計らいを無下にするのは失礼というものだ。

 千咲は一言「じゃあお願いしてもいいですか?」とスマートフォンを店員のもとへ持っていく。

 カシャリ。


「違うだろ。なんで俺とのツーショットなんだよ」

「え、せっかく先輩からのお誘いだったので乗ってみたんですけど、何か変でしたか?」

「全部だろ。何しに来たんだお客様は。ご友人の結婚記念日なんだから撮られるのはそちらでしょう」

「は! そうでした」


 手洗いから戻ってきてからの千咲は終始笑顔だった。溶けたアイスクリームみたいに笑顔だった。

 それを見た後輩のららいは、仕事でバリバリに活躍している先輩の姿とのギャップがありすぎて驚き固まっていた。

「ちーちゃんどうしたの? なんだかすごい笑顔だけど」

 後輩たちが言い出せないのを汲み取ってか、あやが事情を聴取することにした。おおよそ見当はついているのだが、こういったことは事実として言葉にすることが大切だ。


「実はこの店員さん、私の高校時代の先輩でね。久しぶりに会ったらテンション上がっちゃって……えへへ」

「あ~! 三〇歳になったら結婚しましょうって言った人」

「あやちゃん!? 本人の目の前でその話出しちゃう!?」

「さっきもちょうど話題に出てたしね~」

「ストップストップ! ごめんって! ちゃんとお祝いしてなかったからってそんな怒らないでーっ!」

「怒ってないよ~。ちなみに、店員さんはその話し覚えてたりするんですか?」

「全然。そんなことあったなーって今思い出したくらいです」

「ドンマイちーちゃん」

「まだフラれてないよあやちゃん。何も言ってないのになんでフラれたみたいな対応をするの?」

「あ、一応デザートの説明させていただいてもよろしいですか?」


 結婚記念のパーティだというのに、ガヤガヤと騒がしい席になってしまった。

 今回の主役であるはずの島田あやを差し置いて、うるさくしてしまったことを川村詩織は内心穏やかではなかったのだが、あやの表情はというと普段の穏やかな表情とは違って幸せそうに満足げな笑みを浮かべていた。

(それにしても本当に黒沢くんに似てるなぁ……)

 オタクであることを隠しているため、自分も参加してはしゃぎたい気持ちを抑えて分別のある大人のように振舞った。

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