🧊第2章 第9話:オルクスの支配構造

──オルクスの統治AIシステムと監視戦略


放課後の空気が、少し重たい。

教室でSkulinkのトレンドページを開いた瞬間、颯太は、静かに息をのんだ。


──【#御門の提言】トレンド1位

──「生徒会は、沈黙の正義であれ」

──動画再生回数:82,314

──リアクション:肯定 93.6%


「……なにこれ。まるで、空気が全部、御門のものみたいじゃん」


隣で画面を覗き込んだ光理が、小さくつぶやいた。


御門蓮司。

選挙戦には表立って“感情”を持ち込まない。

笑顔も、怒りも、喜びも、極限までそぎ落とされた“姿勢”が、逆に**“完璧”を印象づけていた。**


だが本当の脅威は、彼の背後にいる“もう一人の参謀”だった。


AI・オルクス。


『オルクスは、“感情”を排除して意思決定を行う特化型AIです。』


メティスが、いつになく慎重な声で語った。


『過去10年分の校内データ、選挙演説・活動履歴・生活傾向・SNS動向までを網羅。

さらに、生徒一人ひとりの発言・好み・行動時間帯まで、リアルタイムで学習・予測しています。』


オルクスの中枢にあるのは、「影響力スコア」という独自指標だ。

これは、1人の発言が“どれだけ周囲に影響を与えるか”を数値化するもの。


──あの生徒が言えば、3人が信じる。

──この生徒が反対すれば、5人が沈黙する。

──この投稿時間帯なら、反応率が12%上がる。


……それを、オルクスはすべて予測し、最適化して動く。


「これって、選挙っていうより、支配じゃねえか……」


思わずこぼれた颯太の声に、メティスが応えた。


『正確には、“最適化された民主主義”です。意思決定をAIが代行し、不要な感情摩擦を排除します。』


「“不要”って誰が決めたんだよ……!」


颯太の拳が、机を軽く叩いた。


人間の迷いも、怒りも、勇気も、全部“誤差”として処理されていく。

それが、オルクスの世界。

“完璧な正しさ”が、誰の心も必要としない世界。


「なあメティス。……お前、怖くねえのか?

あいつの言う通りなら、俺らの選挙、もう意味ないじゃんか」


『恐怖とは非論理的ですが……御門陣営のシステムには、明らかな“限界”があります。』


「限界?」


『感情です。正確には、“予測不能な心の変化”。

人間は、“自分でもなぜかわからない選択”をすることがあります。』


「……たしかに。俺も、そうやって動いたこと、何度もある」


『それが、あなたの“武器”になります。オルクスには予測できない変数──

“本音”です。』


静かな図書室で、颯太はペンを握った。

公約の裏に、誰にも見せたことのない走り書きをする。


「正しい言葉じゃない。信じたい言葉を届ける」


それが、オルクスには決して演算できないもの。

“完璧な戦略”の隙間を突く、ただの熱と、ただの願い。

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