第1話 魔王誕生プログラム
アストガルデ暦200年────
この暦は、かつて世界を支配していた魔王が死んだ日。つまり、勇者アストガルデが世界を救った日から始まった。
また、勇者が魔王を倒した日は平和祭の日と呼ばれ、毎年この日になると外が騒がしくなる。
けど、今年は例年以上。
その理由は「二百」というきりのいい数字にあるのだろう。
昼過ぎ頃、僕の住んでいるボイルの村も大賑わいだった。
普段は田畑しかない田舎村なのに、今日は色んな出店が並んでいる。
その様子を、二階の自室から一瞥する。
…………皆、今頃は広場の方にいるのかな。
「あー、駄目だ駄目だ……」
ぶんぶんと頭を左右に振り、雑念を追い払う。
試験まであと一ヶ月もないんだ。
遊んでる場合じゃない。
「────おい、レオ!」
窓の外から僕の名を呼ぶ声が聞こえる。
視線を移すと、そこにはやはり彼の姿があった。
「……セントくん。ここ、二階だよ?」
「『くん』を付けるな! ご当地キャラみたいだろ!」
赤みがかった頭髪に、常に不機嫌そうなつり目。
彼の名はセント・ウォッシュ。
僕と同い年の十歳で、僕の幼馴染だ。
セントくんは窓をこじ開け、僕の部屋に侵入する。
「おい、レオ! なんで来ねえんだよ! 広場に集合って言っただろ!」
セントくんに頭を小突かれる。
「……ルゥマちゃんやシュウくんたちと行ってきなよ。僕はほら、入試近いからさ」
「入試って、前言ってたアレか?」
「うん」
入試とは、隣町の大学のこと。
僕はまだ十歳だけど、今年、その大学を受けるつもりでいた。
父さんがいるシャルル大学に。
「コネで行けよ。お前の父ちゃん教授だろ?」
「コネで入試受けられるようにしてもらったんだよ」
本来、この国じゃ大学は成人──十六歳以上でなければ、入試を受けることができない。
僕は特例だ。
だからこそ、不合格なんかになるわけにはいかない。
そんな気も知らずに、セントくんは僕の腕を引っ張る。
「いいから来いって! 祭りマジですげえから! マジで!」
「でも勉強が……」
「一日くらい大丈夫だって!」
「あ、ちょっと……!」
引かれる腕に力を入れて抵抗するも、僕がセントくんの腕力に敵うはずもない。
半ば無理矢理、部屋から連れ出された。
階段で一階に降り、何故か小走りで玄関へと向かった。
僕は転けそうになりながらもセントくんについていく。
「セントくん、危ないって! 引っ張らないでよ! ていうかなんで走ってんの?!」
「知らん! なんで走ってんだ俺!」
玄関までやってくると、大きな荷袋を手にした母さんが扉の前に立っていた。
「いらっしゃい、セントくん。また窓から来たのね。今からお祭り?」
「うぇいっす!」
どうやら、母さんも今からお祭りに行くみたいだ。
ただ僕らと違って「手伝い」の方だろうけど。
「おばさん、レオ借りるね!」
「はいはい、楽しんでおいで。レオも、ね」
「え、いや、僕…………」
助け舟を出してもらおうと視線を送るも、母さんはニコニコと笑うだけ。
母さんは「今日くらい良いじゃない。息抜きも必要よ」と、目で語っていた。
「…………行ってきます」
…………いいのかな。
広場には大勢の村人が集まっていた。
皆、ご馳走を食べたり、話したり踊ったり騒いでいる。
まだ真っ昼間だっていうのに、大量のお酒を飲む人の姿もあった。
「おーい! レオ! セント!」
「こっちこっちー!」
その時、広場の方から僕らを呼ぶ声が聞こえてきた。
「遅いぞ、二人共!」
「そうよ、もうお祭り始まってるわよ!」
僕らよりも年上の少年と、同い年くらいの少女が苦言を呈する。
二人もセントくん同様、僕の幼馴染だ。
少女の名はルゥマちゃん。
セントくんの双子の妹だ。
兄に似て赤みがかった癖毛に、気の強そうな顔つき。
実際、僕やセントくんを顎で使うのだから、かなり気が強い。
一方、少年の名はシュウくん。
二つ歳上の村の友達で、僕らの兄貴的存在、だったのだが────
「そんなことより、シュウ。財布忘れたから金貸してくれよ」
「はぁ?! なんでだよ!」
「お前、一番年上だろ。貸せよ」
「理屈になってない! それにセント、お前、四日前に俺が貸した分も忘れてないだろうな!」
「え、俺借りたっけ?」
「貸したよ! 銅貨二枚! ちゃんと返せよ!」
今ではこんな感じに舐められている。
主にセントくんに。
「────ねぇ、レオ」
セントくんとシュウくんのやり取りを他所に、ルゥマちゃんが話しかけてきた。
「試験どう? 余裕綽々って感じ?」
「ううん、正直自信ない……」
「なに言ってんのよ。アンタ天才なんだから受かるに決まってんでしょ。自信持ちなさい」
「ルゥマちゃん……!」
気が強く、少しワガママなところもあるけど、とても優しい子だ。
今だって僕を元気付けようと────
「アンタが受かってくれなきゃ、服とか買いに行けなくなるでしょ」
…………うん?
「か、買い物……?」
「そうよ。こんな田舎村じゃ、いもくっさぁ〜い物しか売ってないじゃん? でも、ボイルからシャルルの町まで馬車使っても一日はかかるし…………となると、向こうで宿取らなきゃ駄目じゃん?」
「うん」
「だけど、私らまだ子供だから親いないと宿取れない。その点、アンタが向こうで寮生活してくれたら、その心配ないじゃん?」
「……つまり、僕の部屋を第二の拠点にするつもりってこと?」
「そういうこと」
────やっぱり訂正。
ルゥマちゃんは意外と合理的だった。
「今日だって本当はシャルルのお祭りに行きたかったのに……」
「仕方ないよ。遠いもん」
「あーあ! 私もエルフやドワーフみたいに『魔法』が使えたらなぁ! 町まで一瞬で飛んでいけるのに!」
────魔法。
人間には使用できず、エルフやドワーフなど、一部の種族だけが使える不思議な力。
勇者が生きていた時代は人間にも使うことができたらしいが、現代では人間の中で魔法を使える者は世界でも極わずとなってしまった。
その理由は「魔法の必要性がなくなった」という説が濃厚らしい。
魔法は元々、魔物に対抗する為に精霊から授かった技術だ。
その為、魔王が死んで徐々に魔物の数が減少するに伴い、「魔法の必要性がなくなった」のではないかと考えられている。
恐らく、魔物がこの世から絶滅すれば、魔法の存在も消えてしまうのだろう。
でも、魔法なんかなくたって、人類はそれに取って代わる新たな叡智を手に入れた。
それが今の僕の興味対象であり、シャルル大学へ入学する理由の一つだ。
「ルゥマちゃん、もう魔法なんて古いよ。これからは科学の時代さ!」
「出たよ科学…………」
「ルゥマちゃんは知ってる? 南東の大陸のベルヌーイ王国じゃ、もうすぐ蒸気列車って乗り物ができるらしいよ!」
「ジョーキレッシャ? なによそれ? 何の動物が引くの?」
「動物じゃないよ! 動力は蒸気さ! 水を蒸発させて水蒸気を作り、発生した水蒸気の圧力を利用してピストンを動かし、車輪を回すんだ!」
「なに言ってっかわかんにゃい」
僕は科学に魅了されていた。
そのきっかけは、科学者である僕の父さんにあることは言うまでもない。
あぁ、早く大学に入って、より高度な科学技術を学びたい。
実験してみたい。
「おーい! レオ! ルゥマ!」
声の方を見ると、セントくんとシュウくんはいつの間にか屋台の方へと移動していた。
「このイカ焼き美味ぇぞ! お前らも食えって! シュウの奢りだ!」
「貸しだからな! 後でちゃんと返せよ!」
セントくんは両手にイカ焼きを掲げ、それらを交互に頬張っている。
幸せそうだ。
ルゥマちゃんも「奢り」という言葉に気を良くしたのか、二人の元へと駆け寄り、シュウくんにイカ焼きをタカる。
シュウくんは涙目になりながらも財布の紐を解く。
見慣れた光景だ。
────さて、僕もタカりに行こうかな。
「シュウくーん! 僕はイカ焼き一個でいいよー!」
…………今日ぐらい勉強サボっても良いよね。
────日も傾き、景色が夕日色に染まり始めた頃。
僕らは高台から村の様子を眺めていた。
「祭りももう終わっちまうな……」
草の上で胡座をかくセントくんがぽつりと呟いた。
その表情は哀愁に満ちており、どこか彼らしくない。
「また来年もあるよ」
僕がそう返答すると、セントくんは「そうだな!」といつもの笑顔を見せた。
────暫くして、セントくんは立ち上がり、お尻についた草を払う。
セントくんに続き、シュウくんも地面から立ち上がる。
「そろそろ帰ろうぜ。夜は大人の時間だからな」
「酒しか出ねーし、つまんねーもんな」
二人は帰路に着く。
そんな二人に遅れて、僕も立ち上がる。
「帰るよ、ルゥマちゃん」
ルゥマちゃんに声をかける。
しかし、ルゥマちゃんはまだ草の上に座ったまま、朱色に染まる村を眺めていた。
「────私たち、さ」
ルゥマちゃんは呟く。
「私たち、大人になっても一緒だよね……?」
この時、僕は気づいた。
彼女の──そして、セントくんが見せた表情の意味を。
二人の家は「死を生業とする職」に就いていた。
だから、二人を良く思わない人たちが村には大勢いる。
今日、お祭りでシュウくんが皆に奢っていたのだって、それが理由だ。
二人はこの村で買い物ができない。
「ねぇ、レオ……」
ルゥマちゃんは不安そうな顔でこちらを見つめてくる。
────思わず、目を逸らしてしまった。
成長する度に思い知らされる現実の厳しさ。
集団の中で生きるという意味。
この時、僕は────
「うん。ずっと一緒だよ」
────選択を間違えた。
「お、おい、アレはなんだ……?!」
背後からシュウくんの声が耳に入った。
その口調からして、ただ事ならぬ事態が発生しているのだろう。
恐る恐る、振り返る。
そして。
──────ソレを視認した。
「紫の、雲……?!」
紫と黒が混じり合った雲が大量に、凄い勢いでボイルの村に迫ってくる。
また、その雲が通った箇所の空は、夕日とはまた別の朱色────血のような赤色に染まってゆく。
明らかに異常だ。
「「「ギャァァァァァァァァァ!!!!」」」
村の方角から人々の叫び声が聞こえてきた。
数人単位の悲鳴じゃない。
怖い。
一体何が起こっているんだ。
さっきまで、あんなに穏やかな雰囲気だったじゃないか。
瞬間。
村の中心部で大きな爆発が発生した。
「うっ……!!」
この高台まで届く強烈な爆風。
「レオッ……!!」
ルゥマちゃんに身を寄せられ、腕を掴まれる。
彼女もこの異常な事態に恐怖してるんだ。
「何が、起きて────?!」
黒紫の雲から発せられる雷の音。
遠くから聞こえてくる悲鳴が、恐怖を掻き立てる。
何の爆発だ。
あの雲はなんだ。
今、村はどうなっているんだ。
「皆、落ち着け!」
その時、どうしていいかわからない状況に終止符を打ったのは、年長者のシュウくんだった。
「すぐ村へ戻るぞ! 子供だけでいるのは危険だ!」
「う、うん……!」
ルゥマちゃんの手を引き、シュウくんの後を追う。
「レオ! セント! ルゥマ! はぐれるなよ!」
高台から村への林道を、僕たちは走っていた。
一刻も早く、村へ戻る為。
────そうだ、母さんは無事だろうか。
あの爆発、相当大きかった。
巻き込まれてないといいけど。
「痛っ…………!!」
鼻がジンジンする。
どうやら、急に立ち止まったシュウくんの背中にぶつかったようだ。
「急に止まらないで、よ────?!」
文句を口にしながら顔を上げる。
そして、シュウくんが突如足を止めた理由を悟った。
目の前にいた巨大なソレに────
「ク……クィ……喰ッて良ヒッて……言っテた……ヨな……?」
ウネウネと蠢く皮膚の無い肉塊。
三メートル以上はあるだろうか。
その肉塊には口や目、腕や脚など、人間のような部位が点在していた。
「イち……にイ……よン……よン、の……のの、次、は……美味ソウ、で……言っテイヒよな……?」
まるで、この世の全ての負を具現化したような醜悪な姿。
────まるで悪魔だ。
「あ…………」
声が出ない。
恐怖で足が動かない。
「逃げろッ!! 魔物だッ!!」
シュウくんが叫ぶ。
────コイツが魔物だって?
嘘だ。
そんなはずない。
魔物の数が減った現代では、個体数の多いスライムぐらいしか出てこないはず。
こんな魔物は知らない。
「何してんだレオッ!! 早く逃げろッ!!」
────そうか。
これが本物なんだ。
かつて勇者がいた頃の、全盛期の魔物の姿。
───これが
瞬間、背中に強い衝撃が走る。
何かに押されたのか?
地面に倒れる。
────同時に、辺りには血の雨が降った。
一体、何が起きた…………?
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
セントくんの声で我に帰る。
「セントくん……?!」
傍らに、血に塗れ、苦痛の声を上げるセントくんの姿が目に入った。
────両腕が無い。
「まさか、僕を庇って……?!」
そうだ。
助けられたんだ。
恐怖で動けない僕を魔物の噛みつきから助ける為に。
セントくんは両腕を犠牲にしてまで。
僕のせいで、セントくんが────!
「レオッ!!」
シュウくんの声に促され、上を見上げる。
「あっ…………」
在ったのは魔物の口。
生臭い吐息が僕の前髪を揺らし、血の滴る牙はもう目の前まで迫っていた。
今度こそ、僕は喰われる。
そう。
気づいた時には既に手遅れだった────
「伏せろッ!!」
聞き馴染みのある声。
僕の身体は、自然とその声のままに従っていた。
次の瞬間、僕らの頭上に光線が駆け抜け、そこに在った口、ならびに魔物の半身を消し飛ばした。
何が起こったかはわからない。
けど、誰がやったのかはすぐにわかった。
「父さん……!!」
振り返ると、そこには父さんの姿があった。
父さんだ。
父さんが助けに来てくれたんだ。
「父さん! どうしよう! セントくんが……僕のせいで……!」
「…………」
父さんは何も答えない。
「父さん…………?」
────何か、いつもと様子が違う。
「な、何してるの……?」
思わず尋ねた。
父さんは魔物の死骸から腕を抜き取っていたのだ。
「…………」
しかし、父さんは答えない。
無言のまま、父さんは魔物の腕を二本抜き取り、セントくんに近づく。
「よく見ておけ。これが俺たちの
「ことわり……?」
何を、する気だ────?
「何なの、ことわりって……?」
「俺たちの理は、触れたものを化合・分解する────」
瞬間。
父さんの持つ魔物の腕が、セントくんの腕の切断面に結合し始めた。
「なっ……?!」
僕を含め、その光景を目の当たりにした全員が驚愕する。
「おじさん、魔術師だったのか?!」
シュウくんの問いかけに、父さんはただ首を横に振るだけ。
魔法じゃないとなれば、この力は一体何なんだ?
困惑する僕らを他所に、父さんは鞄から何かを取り出す。
「よく聞け。今から俺が言うことは、きっと理解できないだろう。だから、絶対に忘れるな。お前が理解できるようになる、その日まで…………」
父さんが取り出したのは小さくて黒い、親指の先ほどの直方体────
「このUSBメモリには、魔王消去プログラムのデータが保存されている。お前は数年後、シャルルの町にある俺の研究施設に来るだろう。そこで『シシドチャイロ』と書かれたPCに、このUSBメモリを差すんだ。魔王を殺す方法はもうこれしかない」
「えっ……? なに、を……?」
魔王?
数年後?
一体何を言ってるんだ?
「フォルダが四つあると思うが、お前が開いていいのは魔王消去プログラムだけだ。それ以外は絶対に開くな。いいな?」
「ま、待ってよ! 父さんは一体何を言ってるの?! 村が大変なんだ! さっき村の方で大きな爆発が────!」
「レオッ!!」
父さんは俺の両肩を掴む。
その異様なまでの気迫に押し負け、僕はただ、困惑する頭で父さんの話を聞いた。
「お前はこれから何千何万と、死ぬよりも辛い目に遭うだろう。だけど、それは全部お前のせいだ。お前がしたかったことの結果がこの世界なんだ。だから、お前は今から、その責任を取らなければならない。大勢の人間を……大切な人を殺してしまった責任を……」
「父さん……」
僕に言ってるはずなのに。
それなのに。
父さんはまるで、自分自身に言い聞かせているみたいだった。
「時間が無い。俺はもうじき魔物に殺され、お前は奴隷にされる」
「殺され……?! 父さんが……?!」
父さんは僕の服を捲り、左脇腹にその黒い直方体を押し当てた。
「痛ッ……!!」
瞬間、焼けるような痛みが左脇腹に走る。
「魔物共に調べられると厄介だ。これはお前の皮膚の下に隠しておく」
左脇腹を見る。
そこには確かに、あの直方体が皮膚の下に埋め込まれていた。
それなのに、僕の左脇腹には傷一つ付いていない。
「…………大丈夫。俺たちなら大丈夫だ」
とても震えた声で、父さんは絶えず口を動かしていた。
「きっとまた、牛丼食えるから……隊長もローラちゃんも、今度は、皆で…………!」
────わからない。
この現状も、父さんの行動の一つ一つも、全く理解できない。
「父さん。僕、どうしたらいいの────?」
父さんは答えなかった。
────いや、今度は答えられなかったのだ。
「父……さん…………?」
見上げると、そこには何も無かった。
先ほどまで確かに在ったはずの、父さんの頭が、上半身ごと無くなっていたんだ。
「えっ──────」
降り注ぐ血の雨に打たれながら、僕はただ、その光景を眺めていた。
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