白昼夢の郵便局

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白昼夢の郵便局



昼下がりの、陽ざしが少し白く霞むような午後。

静流は、小道に迷い込むようにして、とある町にたどり着いた。


人の気配はあるのに、誰ともすれ違わない。

風はなく、時間が止まっているようだった。


ふと見つけたのは、古びた小さな郵便局。

扉の上にはつたの葉が絡み、看板にはうっすらと、


**「白昼夢通信所」**と書かれていた。


中に入ると、奥のカウンターにひとりの少女が座っていた。

年の頃は10歳くらい。まっすぐで、でもどこか夢の中のような瞳。


「こんにちは。お手紙、受け取りに来たんですね?」


静流は思わずうなずいた。

そんな予定はなかったのに、なぜか“そうだった気がする”。


少女は引き出しから一通の封筒を取り出し、そっと差し出した。


宛名:静流 様

差出人:未来より


手紙を開くと、こう書かれていた。


-------------------------------------

「思い出してくれて、ありがとう。」


君がかつて夢に見て、忘れた約束。

それをまた、心に浮かべてくれてうれしい。


この町は、忘れたままの気持ち。が手紙になって届く場所。

もう一度、それを受け取れたら、

君はちゃんと、前に進める。

---------------------------------


手紙には差出人の名前はなかった。

けれど読み終えたとき、静流の目の奥に、

ひとつの記憶が静かに灯った。


――子どもの頃、たった一度だけ会った誰か。

公園のベンチで、名前も聞かずに交わした言葉。


「いつか、おとなになって忘れても、

 この夢の中でまた手紙を送るよ」――


あのときの約束だった。


少女が言った。


「お手紙はね、もらっただけで効き目があるの。

 でも、返事を書いたら、もっと遠くまで届くんです。」


静流は微笑んで、カウンターの便箋に文字を綴った。


「届きました。ありがとう。ちゃんと、覚えてる。」


手紙を出すと、町の色がすこしずつ揺らぎ始めた。

やがて光に包まれて、白昼夢のような景色がふっと消える。


気づくと、静流は自宅近くの路地に立っていた。

けれどポケットには、一枚の便箋が折りたたまれて残っていた。


文字はすっかりにじんで読めなくなっていたけれど、

その紙からはかすかに、夢の中と同じ香りがしていた。


それは、まだ終わっていなかった想いが、

ようやく宛先に届いた証だった。

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白昼夢の郵便局 sui @uni003

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