隠居した剣聖は弟子と旅をする
@Ka-NaDe
剣聖は弟子をとる
キン、キンと金属がぶつかる音がする。
その音に起こされて体を起こす。
頭はぼぅっとしており、昨日は飲みすぎたなと思いながら葉巻に手を伸ばす。
紫煙をくぐらせて徐々に覚醒する頭で昨日のことを思い出す。そう。それは予想もしてない来訪者との出会いだった。
庭で火を起こして網の上にドラゴンのステーキを乗せる。
鼻腔をくすぐる肉の焼ける匂い。塩と胡椒で味をつけ、りんご、にんにく、そして開発して作った醤油を混ぜたソースにつけて食べる。
「やはりドラゴンに勝る肉はないな。」
この世界では貴重な塩と胡椒。
それに異世界だからこそ全く違う植物の中から、りんごとにんにくに似た物を見つけた時は感動した。醤油もこの味に近づけるだけで1年は費やした。トライアンドエラー。異世界とは世知辛い世界だった。
200年前。
平和に暮らしていた俺はいきなりこの世界に放り出された。本当に唐突で、説明も何もなかった。
得たスキルは不老と剣聖。そして2本の刀。
不老は不死ではなく、傷を負えば死ぬ。だが全盛期まで成長した後は老いることがない。
そして不老をカバーしているのが剣聖で、剣を握っている間は傷を負わない。
剣を持てば動きの最適解も見えるが剣術スキルというものはない。故にかっこいい技とかはない。
つまり誰もが夢見る最強スキルとかは無い。
体を鍛えなければ最適解が見えても意味はなく、地道な鍛練こそが求められる。
そんな初心者に優しくないリアルな世界。
そんな世界で200年も体を鍛え続け、魔王と呼ばれる存在を二度討伐した。
魔王を討伐した理由は世界のため…ではない。全ては自分のためだ。
俺は痛いのも死ぬのも嫌だ。友人が寿命以外で死ぬのだって見過ごせない。
その最悪を回避するためならこの不老のスキルを活かして守護者にでもなってやろうと思った。
そんな俺が何故こうして世界の果てで隠居しているか。それは俺を政治に利用しようとする輩がいるからだ。
人同士の争いは勝手にやってほしい。
俺が世界に現れるのは魔王が出現した時と、面倒な魔族が暴れたときだけだ。
この世界の果ては先代魔王が住んでいた土地。
魔獣が蔓延る死の土地。
実力無きものはただ食われて終わる。
そんな土地に来る物好きなど…
「見つけましたぁ~!!!」
耳をつんざく大きな声に顔を上げる。
風になびく金色の髪。そして白い鎧が陽の光を反射する。
その姿に過去の幻影を見た。
姫騎士。おてんば王女。死線の淵で嗤う剣鬼。
死線を共にしたかつての親友。エルメルダ・ローエングリン。大国ローエングリンの守りの要にして現王女。
だがあんなに若いわけがない。
彼女と別れて20年。既に妙齢な女性のはずだ。
ダダダという音が聞こえてきそうなスピードでこちらに近づく彼女の後ろからもう一人。
鬼の形相で女の子を追う男の子。
その子の回し蹴りが少女の背中に当たり、少女は派手に宙を舞う。
咄嗟に地面を蹴った俺は彼女との距離を一瞬で縮めて抱き止めた。
「はわぁ!これが愛の抱擁!!」
意味のわからない言葉をいいながら胸に顔を埋める少女をじっと見る。やはり似ている。瓜二つと言っていい。
「正気に戻れ馬鹿姉!!」
すぱんといい音がなり、あいたっと少女が頭を押さえる。その男の子の顔を見る。
勇者フロスト。
銀髪碧眼の整った相貌。銀狼、世界の希望、魔を穿つ者。そう呼ばれた青年に良く似ている。
「そうか。エルメルダとフロストは結婚したのだったな。」
別れの前日。2人は俺にそう告げた。
俺はめでたいめでたいと祝福したのを思い出す。
「はい!」
少女がずいっと顔を近づけて頷く。
「アイリス・ローエングリン!あなたの妻になるために参上致しました!」
妻?何を言ってるんだと突っ込む前に、またすぱんと音がなる。そしてあいたっと少女が叫ぶ。
「すみません、剣聖様。私はローエングリン国、第一騎士団の剣。フィン・ローエングリンと言います。そして今貴方の目の前にいるのが、我が国の次世代の剣聖であり姫騎士。そして私の双子の姉であるアイリス・ローエングリンです。」
なるほど。この2人はやはりあの2人の子供らしい。
「似てるな。俺は…あぁ、なんと名乗っていたかな。20年も一人でいては名も忘れる。好きに呼ぶといい。」
「りゅーと様。ですよね?」
アイリスにそう言われてそうだったと思った。
龍斗。それが親から貰った名前だった。
「そうだったな。思い出させてくれてありがとう。」
「えへへ!」
頭を撫でてやると嬉しそうに笑う。
そういえばエルメルダもフロストに撫でられるとこんな顔をしていた。
狂犬も恋をするのだなと、仲間達と酒のつまみにしたことを思い出す。
「それで?用件を聞こうか。」
アイリスを離すと向かい合う。
アイリスは少し残念そうに弟の横にたった。
「私は伴侶に会いに来ました!」
「どうか私を鍛えてほしい!」
ふざけたことを抜かす姉と違い、弟は紳士に頭を下げてくる。
「なるほど。姉はともかくお前の気持ちはわかった。良いだろう。親友の子だしな。だが俺は厳しいぞ?」
軽い脅しだ。鍛える以上は死なせない。その為には厳しい訓練も必要だ。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
脅しなど聞こえていないかのように嬉しそうに顔を上げたフィンの頭をポンポンと撫でてやる。
「ええ!?私は!?」
「お前も今日から弟子だ。剣聖の戦いかたを教えてやる。」
「やった!とりあえず一歩前進!」
そう言って抱きついてくるアイリスに仕方ないなと苦笑しつつ、なんだか妙なことになったなと思うのだった。
窓から庭で向かい合う2人を眺める。
総合的な実力は圧倒的に姉が上。
剣聖のスキルは伊達ではない。
最適解が見えるということは、多少の敵には遅れを取らない。
相手の動きさえ見えていれば先々の先も後の先も自由自在だからだ。
それでも弟は姉の猛攻をいなし続けている。
いい目をしているなと感心しつつ葉巻の火を消した俺は、2人のために昨日作った練習用の木刀をもって階下に降りるのだった。
「朝から精が出るな。」
アイリスの背中越しに声をかけるとばっとアイリスがこちらに振り向く。
そして笑顔で駆け出そうとしたとこで後ろから降り注いだ剣を叩き落とした。
「ちょっとフィン!今私は旦那様のところへ駆け出すところだったでしょ!?」
「ちっ。師匠に挨拶をするのは一番弟子である俺の役目。姉さんは寝てればいいのに。」
「なんですって!?生意気な弟ね!」
「ちっ。生まれたのが数秒早いだけなのに。」
「はぁ!?ボコボコにするわよ!?」
「スキルに頼りきってる姉さんには負けませ~ん。」
「腹立つー!!」
間に入り、振りかざされた剣を俺がさらりと奪うとアイリスはバランスを崩し、目を見開いて俺の胸に飛び込んでくる。
「あぅ…。なにこれ…。幸せ…。」
抱きつきながら頭をぐりぐり押し付けてくるアイリスにため息をつく。
「師匠!?俺はいなすのに慣れてるのでそんなに過保護にならなくても!」
フィンの言葉に首を降る。
「そういうことじゃない。朝飯の時間だ。姉弟ゲンカに付き合うのは時間の無駄だからな。それに喧嘩は訓練としては無意味なものだ。時間の無駄に付き合うほど俺は暇ではない。」
「くっ…すいません。確かにその通りです。」
「わかればいい。アイリス。君もだ。」
「あぅ…。ごめんなさい…。」
しゅんとするアイリスの頭を撫でる。
「よし。では飯にするか。」
アイリスを離して歩き出すと、2人は俺の後に着いて歩き始める。
若さゆえなのか、姉弟だからなのか。2人はお互いに相手にライバル意識があるようだ。どう指導するか少し悩む。
「りゅーと様。怒ってますか…?」
スッと横に来て、眉値を下げて俺を下から覗くアイリスの頭を撫でてやる。
「怒ってはいない。だがいつもこうなのか?」
「まぁ…うん。だってフィンには負けたくないし。私、お姉ちゃんだから。」
「そうか。」
ライバルであり姉。彼女にとってのその矜持が先ほどの力任せの一振。さっきのはあまり良くない太刀筋だった。良くない癖は死線の際に命を侵す毒になる。よし。まず教えることは決めた。
そうと決まれば先ずは飯だなと思考を切り替え、俺は2人を連れて家へと戻った。
死の山の頂上付近でテントを張る。暫くはここで野宿だ。
「えっと…師匠。修行をここで?」
フィンの言葉に頷く。
「お前達には2人でドラゴンを狩って貰う。」
俺の言葉に2人は目を見開く。
「あ、あの…。旦那様?ドラゴンといえば1個中隊で挑むものなのですが…。」
今度はアイリスの言葉に頷く。
「そんなことはわかっている。まぁ手本は見せる。着いてこい。」
野宿となれば先ず食料調達。そして水の確保。
今回は水分は十分に用意してきた。最悪山から降りて家に取りに行けば済む。一人なら5分で戻れる距離だ。だが食料はあえて持ってきていない。それは2人の仕事だ。
2人を連れ立って更に登るとデカイ蜥蜴が見えてくる。運がいい。レッドドラゴンだ。アイツは一番美味い。
「ここで見ていろ。」
「えっ!?危険です旦那様!私もいきます!」
「そうです!俺だって戦えます!姉さんより役に立てますよ!」
「なんですって!?」
また喧嘩が始まりため息をつく。
「黙ってみていろ。」
地面を蹴るとドラゴンがこちらに気付いて咆哮する。2本も要らない。1本の剣を腰から抜く。漆黒の黒剣。名は黒耀。どんなものでも切り裂く切れ味特価の剣だ。
迫る尻尾を切り落とすと振り上げられた腕が迫る。その刹那に見える複数の最適解の1つを瞬時に選択する。これこそが剣聖にのみ許された未来予知に似た目。
それを可能に出来るかはさておき、可能にできれば負けはない。
流れるように足を切り落とし、地面を蹴って宙に舞う。足がなくなり落ちてくる頭と首を両断すると、倒れる龍の背に乗りながら俺は地面に着地した。
戦闘は一瞬だ。命のやりとりとは長い時間もかからない。油断、ミス、迷い、不安。そんな感情やコンディションが自らの死を招く。
だからこそ自らの実力を自分だけは絶対に疑ってはいけない。疑わないための努力と心の強さ。それこそが戦う前に必要なものだ。
駆け寄ってくる2人の方を見て剣を納める。
「旦那様!怪我はありませんか!?」
飛び付いてくるアイリスを受け止める。
「旦那ではないが問題ない。それよりも見ていたか?」
2人は目を見合わせて苦笑する。
「すごすぎて何がなんだか…。」
「私も…。」
「そうか。ドラゴンは動きが大雑把だがブレスが危険だ。基本はブレスを撃たれる前にケリをつける。そうすれば1個中隊は必要ない。だがいきなりは無理だ。暫くは3人でドラゴンを狩る。最終的にはお前達2人で狩れるようになればこの修行は終わりだ。ドラゴンを狩れれば大抵の魔獣はどうとでもなる。」
『わかりました!』
元気な返答に頷く。
「先ずは休息を取るぞ。修行は明日からだ。」
『はい!』
元気な返事に頷き、俺達はテントまで戻るのだった。
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