エピローグ

長い長い後日譚、一つの区切り、一つの別れ

 アズハルとフェリハが最終決戦場に辿り着いたときには、すべて終わった後だった。凄惨な光景が広がる中、アズハルはバルが倒れているのを見て、駆け寄った。


「おい、しっかりしろ!」


 バルは答えない。そうであろう。腹部の傷がひどく、ゲイエルオーのこともあって、決して助からないとアズハルは悲観的に思った。


 そこにミラが声をかけた。


「何じゃ、そたち? ようやく来たのか? いや、そたちがここにいるということはあの男は助からなかったのだな。すまぬことをした。もう少し早く王叔を斃せておればよかったのじゃが」


 たしかにその通りだったのかもしれないが、今は亡くなったゲイエルオーより生きているバルを優先すべきであっただろう。なのにミラの声はあまりにも平静だ。


 それゆえに却ってアズハルのほうが慌ててしまった。


「い、いや、それよりもバルが……!」


「ああ、そうじゃった。少し下がっておれ」


 そういうと、ミラはバルの傷口に手をかざした。すると瞬く間に傷口が塞がっていき、バルの顔色も次第に生気を取り戻していく。怪我が完全に治ったとき、バルは大きな息をついて立ち上がった。


「ふぅー、死ぬかと思った」


「すごいな。こんな癒やしの力があるのか」


 アズハルは感心しつつも、ミラの力があれば、ゲイエルオーを助けられたかもしれないという後悔に小さく心を蝕まれた。


 だが、ミラはそれをあっさりと否定した。


「あは癒やしの力など持っておらぬぞ」


「え? だって、今バルに……?」


「それは違うぞ。こやつはの、不死なのじゃ、まあ、首を落とされない限りという条件付じゃがな」


 ミラはバルの足を掌で叩きながら、なぜか自慢げに語った。


「はい?」


「つまりの、説明するとじゃな、あの寿命はほぼ永遠じゃが、巨鬼族はどう頑張っても三百年程度。そこでこやつはいつまでもあと一緒にいたいと泣き出してな、仕方なく不死の身体にしてやったというわけじゃ」


「おい、それ順序が逆じゃねえのか?」


「そうじゃったかの? まあ、よいではないか。たまにはあを立てよ」


「そりゃこっちの科白だ。都合よく記憶を改竄しやがって。おかげでこっちは飯も食えない、酒も飲めない、でもって傷も治らない不自由な生活を送る羽目になってるんだよ」


 そこでフェリハには思い至るところがあった。


「じゃあ、あのとき、お酒や食べ物に手をつけなかったのも?」


「そういうこった。消化器官が働いていないからな。飲み食いしたら、そのまま吐いちまうんだ」


「それって、どうやって栄養取ってるのよ?」


「ミラから力を供給されているんだ。つまりこいつが死ねば、おれも死ぬって寸法だ」


「要するに寄生虫というわけじゃな」


「例えが悪すぎんだろ、おい!」


 ミラとバルが顔をつきあわせるようにいい合いをしている姿が微笑ましかったのだろう、アズハルは小さく笑う。こんな風に人とエレミアの民があればとつい思ってしまう。


 だが、ここは考え事をするのにも、仲良く喧嘩する場所にも向いていない。散らばる死体が多すぎて、あまりにも陰惨すぎた。


「とりあえずここを出ないか? 話すことがあるにしても、外に出てから充分話せるだろ?」


「そうじゃな。そうすべきじゃろう」


 こうして「黒子」から撤退することになったのだが、死体の処理をどうするかという問題があった。結局、埋める場所もないことから、ここに捨て置くという結論にしか至らなかった。


 転送装置に至る途中ゲイエルオーの死体に一礼し、四人は入口まで辿り着いた。同じ手順でミラが転送装置を起動させる。


 だが、起動の直前、ミラとバルは転送装置から降りてしまった。アズハルたちも続こうと思ったが、すでに球体に包まれ、外に出ることができない。


 フェリハが激怒して、球体の膜を何度も叩く。


「ちょっと! これはどういうことよ?」


「これでお別れじゃ」


「ちょっと待ってくれ、ミラ! おれたち、せっかくこうやって和解したってのに、こんな別れ方ってないだろ?」


「ふん。いつあが和解したなどというたのじゃ? せっかくあがどこぞの国の王にしてやると言うたのに、それを断ったかわいげのないやつとこれ以上旅などできぬわ」


 ふてくされたように顔を膨らませたミラだったが、球体が発進するときになって、表情を和らげた。


「達者で暮らせ、アズハル、フェリハ」


「ミラ! バル!」


 アズハルとフェリハが球体に顔を押しつけ、懸命に外に出ようともがく。


「ああ、それとな、転送装置は全部で二十四箇所あるらしいのじゃ。転送先はランダムに飛ぶようにしておいた。奇跡のような偶然が起これば、また再会することができるであろ。ではな」


「またな、二人とも」


 バルが手を振ったその瞬間、アズハルとフェリハを乗せた球体は高速で飛んでいった。取り残された形となったミラとバルは顔を見合わせ、してやったという笑顔を見せ合った。


「でも、本当に行かせちまってよかったのか?」


「何、縁があれば、また会えるであろうよ」


「そうだな」


「それにの、やつらといると目立って仕方がない。あは静かなのが好みなのじゃ」


「静かとはほど遠い気もするが、まあいい心がけだと思うぜ。騒動なんかに首突っ込むよりはよほどいい」


 ミラの心変わりがいつまで続くかわからないが、今はそれでよしとしよう。


「では、あたちも行くとしようか?」


「おう。で、どこに行く?」


「そんなものは決まっておろう。風の吹くまま、気の向くままじゃ!」



(了)

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滅びゆく我らにせめてもの餞を 秋嶋二六 @FURO26

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