退屈な移動時間と嫌な予感
ミラの声に呼応するかのように球体は砲弾のごとく勢いよく大荒廃地に向かって宙を翔けた。
本来ならば、慣性の法則に従い全員進行方向とは逆方向に倒れるはずなのだが、球体の内部は通常の物理法則とは異なる力が働いているようで発進したことすら感じさせなかった。
進んでいるのがわかるのは、四人の足許で塩の荒野が人力では不可能なほど迅速に後ろへ流れているからだ。周囲は他に見るものもなく、単調な光景が広がっている。
空はめまぐるしく色を変えていたが、荒野は白一色で動植物はおろか、山や谷などの起伏すらなかった。
地平線の彼方、大空との境界までその景色は続いているようだ。
「どうやらうまくいったようじゃな」
「そうだな。これで事前に不安を漏らさなかったら、もっとよかったんだけどな」
「何をいうか。不安は共有してこそじゃろうが」
「そういうのは自分の胸に留めておいてくれよ」
「いやじゃ! あだけ怯えなければならないというのは不公平じゃろ!」
ミラとバルにしてみれば、他愛のないやりとりだったが、何気なく見ていたフェリハの笑いのツボを突いたらしく、急に噴き出した。
「あんたたちって面白いよね。元は主従だったんでしょ? なのに、ずいぶんと砕けた口調で話すんだね」
「別におかしいことじゃねえだろ? まあ、ある意味、まだ主従関係ではあるがな。それももっとひどい……」
バルが引きつった笑顔を見せたので、何かの照れ隠しだと誤解したフェリハはにやける口元を手で押さえた。
「へえ、恋の奴隷ってやつなんだ? いや、妬けますなあ」
「何それ、気持ち悪い。どんな曲解をしたら、そうなるんだよ」
「照れるなよぅ!」
もう何をいってもだめだ。バルは一人ではしゃぐフェリハの誤解を解くことを諦めたが、その後ろでミラが急に崩れ落ちた。見れば、目の端に涙を溜め、不遇を訴えるかのような切ない表情で語り始めたのだ。
「わたくし……いやだっていったんです。なのにバルは……わたくしを手込めにして……あんなことやら、こんなことやら、しまいにはそんなことまで……」
あまりにも馬鹿らしかったので、バルは反論しなかったが、迫真の演技は単純なフェリハを信じ込ませるに足りた。フェリハは非難がましい目でバルを睨みつけた。
「おい、信じるなよ。こいつ、自分が死んだと世界に思い込ませた女だぞ。見た目とは逆に腹の中は真っ黒なんだぞ」
言い訳すればするほど、バルの立場は危ういものとなっていく。フェリハなどすでに敵意をむき出しにしている。事態を悪化させたミラは顔を両手で覆っていたが、その隙間からは邪悪な笑みが見て取れた。ここは強引でも話を変えるしかなかった。
「いや、おれらには複雑な事情があるんだよ。それよりもおまえらはどうなんだよ?」
今までバルを睨みつけていたフェリハだったが、質問内容がよほど衝撃だったのか、うなだれて、掌を上に向けて、ある一方を指した。
そこには両手と額を膜に押しつけ、外の様子に見入っているアズハルの姿があった。会話に入ってこないから、この手の会話に疎いのかと思いきや、ずっと高速で動く景色を眺めていたらしい。
アズハルの瞳の無邪気さとその輝きっぷりに声をかけるのもためらわれた。
バルは心底フェリハに同情した。こんな朴念仁と十年もの間旅をしていたのだ。ある意味、バルよりも過酷な十年だったと言えよう。
「……あんたも大変だな」
「同情しないでよ……でも、こんなことでめげちゃいられないよ。この戦いが終わったら、わたし……」
「やめろよ。戦いの前に戦後のことを話すと、負け戦になるって話だ。そこは堪えておいてくれ」
四者四様、緊張感に欠けた雰囲気のまま、球体はなおも地表すれすれを滑るように飛んでいく。
どのくらい時間が経ったであろうか、大荒廃地では時間の感覚が失われ、出発してから一時間経ったのか、あるいはまだ一分も経っていないのかを判別することは難しかったが、目的地に向かっていることだけはたしかなようだった。
というのも、単調な景色に変化が見られたからだ。地平の彼方に小さな黒い出っ張りが見えてきた。それは加速度的に大きくなっていく。
ミラの言う「黒子」の姿だった。想像したよりもはるかに大きな建造物らしく、直径一ミッレ・パッスースはありそうだ。瞬間ごとに圧倒的な威容を増していき、まったく光を反射しない黒い壁は視界を覆うほどになってきた。
「黒子」まであと少しとなったとき、ふとバルはいやなことを考えてしまった。この速度であの壁に激突したらどうなってしまうのだろうか。この球体は止まる気配を見せず、そもそもどうやって着陸するのか、誰も疑問に思わなかったのはなぜだろう。
「なあ、何かいやな予感がしてきたんだが……?」
「あ、あら、奇遇ね。ちょうどわたしもそんな気がしてきたところなんだけど」
苦労人というところでは共通しているフェリハが震える声を出した。バルとフェリハは引きつった顔をして、この懸念を話すべきかどうか迷っていたが、そんなことをお構いなく、雰囲気を察することができないアズハルが口を開いた。
「このまま行ったら、壁にぶつかるんじゃないか?」
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