第五章 滅びの先に見る夢は
いざ、決戦の地へ
大荒廃地の中央、『黒子』と呼ばれる場所へ移動できるという転送装置に奇妙な一考が辿り着いたのは、東の空が白み始めたころであった。
装置といっても、そこにあったのは朽ちかけた石柱と円形の祭壇と思しき一枚岩の土台があるだけだ。
装置の向こう側には大荒廃地が広がっている。ここから眺めるだけでも大荒廃地の異常性は確認できた。陽炎のようにたゆたいながら、一瞬ごとにその景色を変えていくのだ。見ているだけで嘔吐を催しそうな光景だった。
地獄でももう少しましであろう光景にバルがすでに戦意を喪失したかのような表情で弱音を吐いた。
「うおう、噂には聞いていたが、聞きしに勝るとはこのことだな。こんないかれた土地に拠点を築こうなんて、ほんと、あの人らしいよ」
「まったくじゃ。でもって、そのまま『黒子』で自分の王国を造って出てこなければよいものを。どこまで面倒をかけるつもりなのじゃ」
「迷惑な話だよな。何でおれたちだけこんな苦労しなきゃならないんだ」
ミラとバルが明らかに尻込みしている姿にフェリハが苛立った声を上げた。もし、自分たちがいなかったら、この二人はきっと行かなかったかもしれないなどという恐怖にも似た感情がよぎったがゆえに、声をかけずにいられなかったという事情もある。
「二人して、何へたれてんのよ。ここまできたら勢いで行くしかないでしょ?」
フェリハの発破にミラとバルはじとっとした目つきで振り返る。
「勢いだけで困難が解決できるのなら、誰も苦労しねえってんだよ。まったく王叔殿下がどんな人か知らないからそういえるんだ」
「そうじゃのう。誰もがそのように生きられたのなら、きっと幸せなのじゃろうなあ」
かつて勢いがすべてといっていた人物と同一とは思えぬ発言だが、ミラとバルはそんなことは忘れていた。
「な、何よ! 失礼なこといわないでくれる! ほら、アズハルからも何かいってよ!」
状況が不利なことを察したフェリハはアズハルに救援を求めた。急に話を振られたアズハルは目を瞬かせているだけだ。フェリハの絶望した顔を見たアズハルは慌てて、言葉を継ぐことを優先させた。
「お、おれもフェリハの言うとおりだと思う。奇襲をかけるのならば、敵が油断している夜明けにかけたほうがいい」
「ほんと空気の読めない真面目馬鹿はこれだから……」
「ま、真面目の何が悪いんだ!」
「いや、悪いなんていってねえじゃん……」
「二人ともどうしたっていうんだ? さっきまでの威勢はどこ行ったんだよ?」
アズハルが本格的に取り乱してきたので、ミラとバルは示し合わせたかのように噴き出した。どういうことかと、二人の顔を交互に見る様がおかしくて、二人はさらに笑い出す。
「な、何だ?」
「おまえらさ、少し固すぎるんだよ。そんなんじゃ、いざってとき、身体が動かねえぞ」
「そ、そうだったのか?」
アズハルは両手で顔を拭う仕草をする。たしかに身体が強ばっていたようだ。フェリハも自分の肩を揉んでみて、力が入りすぎていたことに気づいた。
「二人とも人が悪いな。そういうことならいってくれればよかったのに」
「こういうときはな、他に気を向けさせたほうがいいんだよ。緊張するなっていわれれば、余計に緊張するだろ?」
「まあ、たしかに……」
「わたしはすっごい不安になったけどね。とても演技とは思えなかったから」
フェリハが眉間に皺を寄せながら、バルに詰め寄った。バルはしてやったといいたげに得意顔を浮かべる。
「怖くなったのなら、引き返してもいいんだぜ。最初っから、おれたちは期待してなかったんだから」
「うわ……むかつく。あー、もう! そこまでいわれて引き下がれるかっての! ほら、早く行こう!」
憤激したフェリハは地面を踏みならしながら、祭壇へと近づく。その後ろに誰もついてこないので、振り返ってがなった。
「何してんのよ! さっさと行くわよ!」
「慌てるでない。その前にやることがあるのじゃ」
ミラの前には生気を失ったビロンとドルウがいた。彼らの案内でここまで辿り着けた以上、もはや用なしの彼らの処遇を決めねばならなかったのだ。
ミラは功を讃えるかのように微笑み、優しい声を二人にかけた。
「ご苦労であった。術も半日すれば解けるゆえ、これより二人とも別々へと去るがよい。そして、二度と剣を握らず、平和に生きよ。戦う必要などもうどこにもないのじゃ。では、さらば」
ミラの声に応えたかのようにビロンとドルウは背中を向け合い、緩慢な動きで去って行く。姿が見えなくなるまでミラは見送り、やがて完全に彼方へ消えてしまって、ようやく振り向いた。
「さて、行くとしよう。覚悟はよいの?」
ミラの目線がバルからフェリハへ、そして、アズハルへと移っていく。いずれも頷いたことを確認して、ミラは祭壇の上へと登った。
「みな、ここに来るがよい」
祭壇の上は消えかかった紋様が描かれ、何かの儀式に使用された痕跡があった。祭壇は直径八パッスースほどで、さほど狭くはなかったものの、バルの巨体があるおかげでやや手狭に感じるほどだ。アズハルやフェリハくらいの体格ならば、七、八人ほどは乗れたであろうか。
「さて、始めよう」
ミラが杖で祭壇の中央を突くと、紋様が赤く光り始める。下方からの光を受け、ミラたちの身体は血を浴びたように赤く染まった。同時に機械的な振動が足許を揺らすと、祭壇の縁からシャボン玉のような膜が現れ、四人を包み込む。
「これで準備完了じゃ。じゃが、起動する前に一言いっておくことがある」
「いや、聞きたくない。どうせ、悪いことなんだろ?」
ミラが話をもったいぶるとき、それは話を転換させようとしたときと同じくらいに悪い内容しかその口から出てこないことをバルは知っていたから、慌てて止めに入った。今さら悪材料を提供されたところで対処しようがないではないか。
だが、ミラはバルを無視して語り始めた。
「なにぶん、動かすのは初めてなのでな、失敗するかもしれぬ」
「いや、いいって。それ以上いうなよ」
「まあ、聞け。大事なことじゃ。もしかしたら、別の場所に転送されてしまう恐れがある。あるいは肉体と魂が別々な場所に飛ばされてしまうやもしれぬ」
「なんでいうんだよ。そんなこと聞かされても、どうしようもないだろうが」
「いっておかぬと、事故が起こったときにたいそう恨まれそうじゃからの。まあ、安心せい。あがすることに、万が一つもあり得ぬ」
「その万が一って、今まで何回も起こっているような気がするんだがな」
「なら、ゆくぞ!」
「だから、人の話を聞けって! ちょっと……!」
バルに最後までいわせず、ミラは祭壇の中央を再び杖で、今度は強めに突いた。すると周囲の膜が球体に変わり、四人を中に乗せたまま、わずかに宙を浮く。
「ゆけ!」
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