わざわざ沈みそうな船に乗ってくるお節介
アズハルは気合いの一声とともに剣を振り下ろす。鋒が見えない壁に当たったその瞬間、数万の水晶が弾け飛んだかのような大音響が轟いた。
「馬鹿な……!」
壁を破られたミラは驚愕のあまり、絶句した。
ミラの造りだした壁は実際には存在せず、そこに壁があると誤認させる錯覚を利用した術だ。ゆえに単純な力だけで打ち破ることは敵わず、術を打ち破るだけの精神力が必要となる。
いくらアズハルが宝剣を所持し、その力の補助を受けていたとしても、術の本質を見破らない限り、壁はどこまでもアズハルの前に存在し続けたのだ。
それを打破し得たのは、アズハルの力が十年前とは比較にならぬくらいに上昇している証でもあった。
この十年、何度も挫折を味わい、その都度立ち上がった勇気を持っているがゆえに凄まじいまでの成長を遂げたのである。まさに今のアズハルは勇者の名に違わぬ力と心を有していたといえる。
アズハルはミラの前に歩み寄ると、子どもが自慢するかのような笑顔を浮かべた。
「これで文句はないだろう?」
「たしかにの。じゃが、本当によいのか? ここから先は何があるか、わからぬのじゃぞ」
「むろん覚悟の上だ。おれだって、それなりに修羅場はくぐっているんだから」
アズハルの決意が堅固であることを見て取ったミラは溜息をつく。何が彼をそこまで駆り立てるというのだろう。アズハルはまだフェリハからミラの置かれた状況を聞いてはいないだろう。にもかかわらず、協力を申し出る理由がわからなかった。
「なぜ、そはあの力になりたがるのじゃ? あはそを騙したのじゃぞ? 悔しくはないのか?」
「悔しさより、あなたが生きていたことに感謝したいくらいなんだ。おれはさ、ずっとあなたに謝りたかった。おれはあなたとの約束を何一つ守れなかったんだから」
「気にするでない。それをいうのならば、あこそ詫びねばならぬ。そが味わったこの十年の辛苦、あは報いる術を持たぬ」
「いや、おれにとって、この十年はなければならないものだったと思うんだ。そして、わかったんだ。おれが馬鹿すぎて見えなかったものがようやく形になって現れようとしているんだ。そのためにはこの事件に決着をつける必要がある。おれたちが前に進むためにもぜひ同行させてくれ」
弱き人々を救いたいと嘯きながら、右往左往し、これでよかったのかと思い悩んでいたアズハルがようやく新たな道を見いだそうとしている。その姿を見たフェリハは再び涙ぐんだ。この十年の苦労が一気に報われたような気がした。
アズハルを生涯支えると誓ったフェリハはミラの前に出て、懇願した。
「わたしからもお願い。一緒に行かせて!」
「そまでそんなことをいうのか? あとしては、もうそたちが苦労する必要はどこにもないと思うのじゃがな?」
「そんなことできるわけないじゃない! もう知っちゃったもの! あんたが多くの人の苦労を背負って生きてるってことをさ。だから、少しくらい手伝わせてよ。そうじゃないと、目覚めが悪いもの」
「全部そたちの都合ではないか?」
「そうだよ。だから、わたしたちが死ぬことになっても、それは自己責任。足手まといにはならないし、面倒もかけない。だから、いいでしょ?」
アズハルとフェリハ、二人から捲し立てられ、さすがのミラも混乱したようにバルを顧みた。バルは肩をすくめ、人の悪い笑顔を向けた。
「まあ、いいじゃねえか。そこまでいってんのなら、連れて行ってやろうぜ。いざとなったら、盾に使わせてもらえばいいんだからよ」
偽悪趣味たっぷりのバルの言葉にアズハルは苦笑して抗議した。
「ひどいな」
「ひどくねえだろ? わざわざ志願してきて、足手まといにしかなりませんでしたってことになったら、目も当てられねえ。そうなるようだったら、せめて盾になるくらいの役には立ってもらわなきゃな」
「わかったよ。なるべく足を引っ張らないようにする」
「せいぜい期待させてもらうぜ」
表面的にはいがみ合っていても、バルとアズハルの間にはお互いに通じるものがあったのであろう、すぐに数年来の戦友だったかのような雰囲気に包まれる。
一方で頭上で次々と話が決まっていくことに耐えられなかったのだろう、ミラが手を振り回して、バルとアズハルの間に割って入る。
「待てい! あを無視して、勝手に話を進めるでない!」
「何だよ、いきなり? もう話はまとまりかけてるじゃねえか」
バルの声を無視して、ミラはまたアズハルとフェリハに視線を移す。両者とも妙にやる気になっていて、実に鼻息が荒く、もはや説得が不可能であることは明らかだ。それでもミラは再度確認した。
「本当によいのじゃな? 今なら引き返せるのじゃぞ」
「おれたちにもう戻る道はないんだ。だから、進むしかない」
「そうだよ。わたしたち、もうどんなこと言われても、引き返すつもりはないからね」
もはやアズハルもフェリハも意志を翻すつもりはないようであった。ミラとしても、諦めるほかなかった。
「ならば、ついて参れ! はぐれるでないぞ!」
勢いよく踵を返したミラは先導するかのように三人の前を歩き始める。後ろから彼らがついてくる気配を感じ、ミラは頬が緩むのを抑えられないでいたのだった。
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