巨鬼族の小芝居

 監視役の二人は喫驚したものの、すぐに剣を抜き、自分たちの正体を明かさぬよう外套のフードを深く被った。それだけで彼らが優秀な兵士であることが見て取れただろう。バルは少し感心して、王叔が末端に至るまで掌握していることを知った。


 バルはわざと驚いたふりをして、両手を挙げ、戦う意志がないことを示す。


「おいおい、何だよ? こんなところに山賊がいるのかよ?」


「バ、バルトロマイオスどのか?」


 バルの姿を確認して、飛び上がらんばかりに驚いたのは爬鱗族の男だった。


「おれも有名になったもんだな。だが、山賊に知り合いはいねえぞ」


「はっ! おれは、いや小官は北部軍第二百二十三連隊に所属していたビロンと申します! 以前一度、宮中でお見かけしました!」


「おおーっ! 北部軍っていやあ、王叔殿下の軍か。激戦区って聞いてたけど、よく生きていたなあ!」


「はっ! バルトロマイオスどのこそ、お元気そうで何よりです」


「そうだな。まさかこんなところでエレミアの同胞に会えるなんてなあ……で、一つ聞きたいんだけどよ、こっちの兄ちゃんはどうしておれに剣を向けているんだ?」


 バルが視線を動かした先、鼠眼族の男が震えながらも剣先をバルに突きつけていた。


「おい、やめろ、ドルウ! おまえじゃ、この方に勝ち目はないぞ!」


 ビロンがドルウと呼ばれた男の前に割って入ろうとするが、ドルウはビロンを押しのけ、鼠眼族特有の黒目でバルを睨みつける。


「残念だが、ビロンよ、おれはおまえほどこの方を信じているわけじゃない。一つ伺いたい。あんたはいつからそこにいたんだ?」


「いつからって、結構前からいるぜ。あの街入ろうとしたら、追い出されてな。このあたりで野営をとでも思ってよ」


「だったら、なぜ気配を消して我らに近づいた?」


「そりゃあ、こんな森の中で話し声が聞こえりゃ、密かに近づいて様子を窺うだろうよ。しかも、おれの名前が出てるとあっちゃあ、余計に疑って行動したくもなるだろ?」


 咄嗟の出任せにしては筋が通っていて、反論の余地がなかった。それでもドルウは剣を下ろさない。むしろ、さらに敵意をむき出しにして、より強く剣の柄を握った。


「なら、今までの話をすべて聞いていたというのか?」


「全部聞いてたわけじゃねえよ。つーかよ、聞かれてまずい話なら、もう少し声を潜めておけよ。あれじゃ、聞いてくださいって言っているようなもんだぜ」


「聞いていたというわけだな。ならば、仕方がない。我らとともに来るか、それともここで死ぬかを選ばせてやる」


「おっかねえこというなよ。せっかくこうして会えたってのによ」


「黙れ。なら、なぜ勇者とともに行動していた? やつは我らの敵だぞ」


 バルは答えに詰まった。たしかにアズハルらと行動をともにする理由が思い当たらない。正確には成り行きでそうなってしまったのだが、そんな答えで納得してくれるはずもない。


 バルは頭を掻き、もうそろそろミラが助け船を出してくれるのではないかと期待したが、一向にその気配がない。次の行動を思いあぐねていると、ドルウの前にビロンが立ちはだかった。


「もうやめろ! さっきもいったが、おまえじゃこの方には勝てない。剣を引け!」


「しかし!」


「ここはおれに任せてくれ」


 ビロンの説得に納得したわけではなかっただろうが、ドルウは一歩退いた。それでも剣を納めることなく、目線はバルから離さない。


 ビロンはバルの前に立つと、深々と頭を下げる。


「バルトロマイオスどの、申し訳ありませんでした」


「いいさ。気にしてねえよ」


「ありがたい。ですが、ここは何もいわず、我々とともに来てはいただけないでしょうか? バルトロマイオスどのが殿下の元へ馳せ参じれば、これ以上心強いことはない。殿下もきっとお喜びになりましょう」


「殿下っていうと、王叔殿下のことでいいんだよな?」


「はい。グリム・ルースレス殿下です」


「……やっぱりか。できることなら、予想が外れてくれると助かったんだがなあ。仕方ねえ、覚悟を決めるとするか」


「バルトロマイオスどの、一体何を……?」


 ビロンは質問を最後までいうことができなかった。


 バルの声に紛れて、「イクスエルイーイクス」というミラの声がしたかと思うと、ビロンとドルウは突如身体を硬直させ、そのまま地に倒れ伏した。


 かすかに首だけは動かせるようだが、全身を見えない縄で縛りつけられたかのごとく、束縛から抜けようともがくほど、ますます自由を奪われていった。


「くっ! バルトロマイオスどの、これはどういうことか?」


「すまねえな。おれたち、その王叔殿下に用があるんだよ」


「おれ……たち?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る