第四章 時として、縁は別ちがたく

エレパース近郊にて

「エレパース」は神代のころ、神々の戦いの主戦場であったと言われている「大荒廃地」に対する絶対防衛戦として造られた城塞都市であるとされている。少なくとも記録に残っていない太古の時代よりあるのはたしかなようだ。


 かつてはさまざまな種族が共存していた理想郷でもあったが、御多分に洩れず、人間が増えすぎ、異種族を追い出してしまった。


 そんな過去があるからだろうか、それとも三重の分厚く、高い城壁に守られているゆえか、エレパースの住民は猜疑心が強く、余所者を受け入れたがらない。


 人間以外ならばなおさらである。ゆえにミラとバルは南門の近くにある森で待機することになり、アズハルとフェリハが内部を調査することになった。


 一度入城しようとして、追い返されたミラは人が見えない場所に来ると憤慨して、罪のない地面を何度も踏みつけた。


「何なのじゃ、あやつらは! 何の権限があって、あの行く手を邪魔するのじゃ!」


「人間ってのはああいうものさ。今さらいったって、埒があかねえよ。しかしな、人間ども、いずれ肌や髪の色が違うだけで同胞同士がいがみ合うんじゃねえのか?」


「ふん! そこまであが心配してやる義理などない!」


「まあ、そうだな。だが、今のおれたちには都合がいい。ここにいりゃ、監視の目をごまかすこともできるだろうしな」


「ふむ。それが救いじゃな。王叔が千里眼を使えたとしても、常時あたちを追えるわけではないしの」


「問題は監視しているやつをどうやって捕まえるかだが……?」


「それなら、あによい考えがある」


 ミラは近くから木の枝を拾ってくると、地面に周辺の地図を描いたらしいのだが、どう見ても、落書き以上のものではない。なぜ地図だとわかったかと言えば、「エレパース」とか、「大荒廃地」とかの文字が書かれていたからである。


「下手だなあ、おい。これで作戦を練ろうだなんて、無茶もいいところだぜ」


「う、うるさいっ! 馬鹿っ! こんなのはわかればいいのじゃ!」


「いや、ちょっとそれ貸してみ。おれが描いてやるよ」


 羞恥と怒りで顔を赤くするミラの手から木の枝を奪うと、ミラの力作を消して、その上に地図を描き直す。かつては軍人であっただけあって、ざっと描いたとは思えないほどバルの地図は緻密だった。


「うん、まあ、こんなものか。まあまあだな」


 言葉とは裏腹に会心のできだといわんばかりに鼻息を荒くしたバルと対比して、ミラの身体は小刻みに震えていた。


 目の端に涙を溜めたかと思うと、足許にあった木の実を拾って、バルに向かって投げつける。木の実は見事バルの額に命中した。被害の程度は蚊に刺されたほどもなかったが、ついバルは額をさすり、ミラに抗議した。


「いてっ! 何だよ?」


「ふん! 別に地図がうまく描けるからって、そが偉いわけじゃないぞ!」


「そんなもん、わかってるって。つか、何怒ってるんだよ?」


「怒っておらぬ! そんなことより、この地図に注目せい!」


 バルから木の枝を再奪還し、地面に描かれた地図にその先端を叩きつける。その都度、地図が乱れ、バルが心底悲しそうな顔をした。


「おいおい、もうちょっと丁寧に扱えよ」


「そんなのはどうでもよい! まずは現在位置の確認からじゃ!」


 地図は描けなくても、ミラの地図認識能力はあったようで、木の枝は正確に今潜んでいる森を指し示す。そこから北へと動かしていくと、エレパースがある。


「すでに偽勇者騒動は起こっているやもしれぬ。いや、むしろ順序通りにやっていると考えるほうがおかしいのじゃ」


「そうだろうな。それに関しちゃ、勇者の報告待ちだが」


「そこであたちは先手を打つ。勇者の監視役も迂闊にはあの城壁の中には入れぬ。ゆえに一度本拠地に戻り、王叔に事の次第を報告に行くじゃろう」


「なるほど。だが、一つおかしいぞ。エレミアの民が中には入れないのなら、偽勇者も現れないんじゃないのか?」


「実に浅はかな意見じゃな。人間の協力者がいたとしてもおかしくはなかろう。彼らに工作させて、経過の報告だけ受け取ることもできるじゃろう?」


「そっか……いや、待てよ。考え方を変えれば、内部に潜り込める方法もあるんじゃないか?」


「それもあるが、今は考えずともよい。まずは監視役の排除じゃ。今回、勇者たちは王叔が流した情報以外で動いた。勇者は無意識に先手を打っておったというわけよ。まあ、それもこれもあの助言のおかげじゃがな」


 途中で自画自賛を入れないと、説明も満足にできないのがミラの最大の欠点と言えよう。ただ、ミラの自慢は根拠がないわけではなかった。


「あたちはこの状況に乗ればよい。勇者たちの想定外の行動に、独断で動けないであろう監視役は次の指示をもらうために一度戻るに違いない。そこを抑えるのじゃ」


「いや、それはわかったけどさ、一体どこに本拠地があるんだよ? それがわからないと、抑えようがないじゃねえか」


「何じゃ、そんなこともわからなかったのか?」


「まあ、恥ずかしながら」


「ならば、刮目して見るがよい! 王叔の潜伏先はここじゃ!」


 ミラの持つ木の枝が唸りを上げ、その先端がある一点に突き刺さる。そこは何もない土地、すなわち「大荒廃地」であった。


 バルはミラの指し示した一点を見つめ、首を傾げると、その視線はミラの顔へと向いた。どうにも納得がいかなかったのだ。


「ちょっと待てよ。あんな場所、生物が住めるところじゃねえだろ?」


 大荒廃地は東西約千二百ミッレ・パッスース、南北約二千ミッレ・パッスースの広さを持つ、一見すると白い砂漠に見えるが、地に広がるのはすべて塩の荒野である。


 それだけならばまだしも、大荒廃地は何もかもが狂っており、常識が通じない場所でもある。


 照りつける太陽は痛いほど熱を帯びているというのに耐えがたい寒さを感じることがあれば、その逆もある。そもそも太陽が通常の運行とはことなり、西へ傾いたと思えば、突如東から昇るといったように一定に動かない。


 時間の流れが周囲とは異なる空間となっているといわれているが、諸説があり、いずれの論も決定的な説得力を持ってはいない。


 大荒廃地には住むことはおろか、踏破することも難しい。一度入ったが最後、方向感覚を失い、でたらめな気候に翻弄され、やがては力尽きる。渡り鳥ですら、その地を避けて通るほど、過酷な地なのである。


 ゆえにバルの疑念も当然なことで、おそらくバル以外でも同じような返答をしたことであろう。大荒廃地のことはほとんど何もわかっていないに等しく、ミラが大荒廃地に王叔が拠点を持っていると断言されても、容易に信じられるものではなかったのだ。


 ミラは大荒廃地が描かれた場所から木の枝を北へと動かしていく。地図は途中で途切れていたが、かまわずに木の枝を進めていき、やがて地図から離れた場所で止めた。


「大荒廃地の中心には黒い半球状の建造物があるのじゃ。そこはかつてあの一族、デーミウールゲイン族の聖地じゃった。もっとも、あは遠く伝承の地としか聞いておらぬがな」


「本当か? そんな話、初めて聞いたぞ」


「一族の恥と罪がそこにあるゆえな、口外することは禁じられておるのじゃ」


「いいのか、おれにいって?」


「かまわぬ。もはやそんな悠長に構えておられぬからな」


 ミラはそう前置きして、デーミウールゲイン族の歴史を語り始めた。

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