組織的犯罪の首謀者は?

「ところでバルよ」


「まだ何かあんの?」


 ミラが急に話題を変えるのはろくでもないことを企んでいるときだ。それを承知しているバルはもう勘弁してくれといわんばかりの情けない声を上げた。


「今度はまじめな話じゃ」


「いや、さっきの話だってかなりマジだったんだけど……」


「その話は終わりじゃ。そはあについてくるしかないのじゃからな。結論は決まっておる」


「はあ……それでまじめな話とは何でしょうかね? 哀れな奴隷に聞かせてもらえませんか?」


「そんな話し方をするのならば、話してやらぬ!」


 ミラがへそを曲げかねたので、バルは慌てて宥めにかかった。面倒だが、ふてくされたままのほうがさらにやっかいなことになる。いくらバルが愚者とて、痛みを伴う経験をすれば、何が最善かを判断する能力くらいはつこうというものだ。


「わかった。ちゃんと聞こうじゃないか。で、まじめな話って何だ?」


「ふん。あが物わかりがよくてよかったの。でなければ、そは今ごろ泣いてあの足許に這い蹲って、許しを請うておったところじゃぞ」


「それも理解してるって。だから話を進めろよ」


「仕方あるまい。実はこの偽勇者の一件についてじゃ」


 ミラは何気なしにテーブルの上に置かれた地図に指を這わせた。無意識のうちに×印を繋ぐように人差し指は動いていく。


「これだけのことをやるには組織的な力が必要じゃ。そうは思わぬか?」


「まあ、そうだろうな。結構大がかりだしな……あ、なるほど。おまえ、犯人がわかったのか?」


 ごくまれにバルの勘が冴えるときがある。順序よく話を持っていこうとしたミラは当てが外れて、苦虫をまとめて噛み潰したかのような顔になる。


「話を急かすでない。物事には順序があるのじゃ。というよりじゃな、少しは自分の頭で考えてみぬか」


「そういわれてもなあ、判断するための材料が少なすぎるだろ?」


「そんなことはない。なら、最初の一手くらいは与えてやろう。なぜ、こんな偽勇者の騒動を起こしたのか。まずはそこから考えてみるがよい」


「ふむ……」


 バルは完全に作業する手を止め、顎に手を当てて、考えてみた。答えは意外なほど早く出た。


「偽勇者を大量に生産することで勇者の価値を損なおうと思った。そうじゃないか?」


「うむ。バルにしてはよく考えついたの。さらにいえば、質の悪い人間をわざわざ選んで、勇者に仕立て上げることによって、勇者というものに不信感を抱かせるよう仕向けたのじゃ」


「なるほどな。おれでも少しわかってきたぞ。この騒動を起こすことによって利益を得るやつが首謀者ってわけだな?」


「その通りじゃ。ここまで来れば、バルでもわかろう?」


「勇者に悪感情を持っているのは、五王国の上層部といいたいところだが、そうなるとこんな離れたところで策を弄する必要はないわな。だとすると、考えられるのはたった一つ。エレミアの民だ」


「そういうことじゃ」


 エレミア王国が亡国の憂き目に遭ってなお、少数ではあるが、人類に対して徹底抗戦の構えを見せたものがいたのだ。その不穏分子が今回の件を裏から操っているということになる。


「となると、首謀者はずいぶんと絞られることになるな……って、おい、まさか?」


 バルには一人だけ心当たりがあった。策謀に長けたある人名はミラもまたよく知る人物だったのである。


「そう、あやつしかおらぬじゃろうな。王叔グリム・ルースレスじゃ」


 はっきりとミラからその名を告げられたとき、バルは思わず天を仰いだ。内心の憂慮とは裏腹にどこまでも澄んだ青空が不愉快だった。


「最悪だ……死んだって話は聞かなかったから、どこへ逃げたと思いきや、まさかこんなところでその名前を聞くとはなあ」


「仕方あるまい。いずれは対峙せねばならなかったのじゃ。それにな、このままではアズハルたちも危ういのじゃ」


「どういうことだよ?」


「やつらはどこで偽勇者の情報を得ていると思う?」


「……ああ、そういうことか。あいつら、まんまと誘導されているってわけだな」


 勇者の存在を最も憎んでいるのは、グリムであろう。彼がアズハルと偽勇者と対峙させ、その力の損耗を狙っているのは想像に難くない。やがてアズハルの力が大幅に減じたとき、アズハルはグリムの手によって殺されるだろう。


 そこまで考えて、バルはある可能性に気づいた。いや、気づかされたと言うべきだろう。体内を戦慄が駆け巡る。


「ちょっと待ってくれ。やつらが誘導されているのならば、監視もされているってことじゃないか?」


「そうじゃな。あもついさっきそれに思い至ったところよ。迂闊じゃった」


「やばいぞ。おまえはともかく、おれの面は結構割れているからな。勇者と接触を持ったということが知られたら、裏切り者として処断されるかもしれないってことじゃねえか」


「そうなるのう。だからといって、現状はいかんともしがたいわけだしの」


「完全に巻き込まれたってわけか。ついてねえ」


 バルは舌打ちしたが、すでに後悔する時間すらも与えられてはいないのだ。さりげなく四方を見渡してみる。


 小高い丘の上なので、見通しはいいが、斥候らしい影はどこにも見当たらない。おそらくは王叔の術か、もしくは遠目の利くものを監視として用いているに違いない。探すだけ無駄というものだ。


 まんまと先手を取られた彼らは不景気な顔を見合わすしかなかった。

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