偽勇者が次に現れるのは
偽勇者は中央の「大荒廃地」と呼ばれる地域の外縁に沿って、現れていた。単純ではあるが、それゆえに気づきづらくもある。
しかし、地図上には空白がある。特に南側から東側にかけては×印が一つもない。ミラは最後に勇者の現れたこの地点に指を置く。
「ここが最後に偽勇者が現れた街です。つまりわたしたちが今いるここになります。しかし、ここより東側には×印がありません。ゆえに次に現れる、もしくはすでに現れているであろう場所はここです」
そう言って、フェリハは新たな一点を指し示した。書かれていたのは「エレパース」という名の大きな都市で、ここより東へ六十ミッレ・パッスースの位置にある。
「よし! ならば、今すぐ行こう!」
目的地が決まるやいなや、アズハルが勢いよく立ち上がり、今すぐ駆け出しかねない勢いを見せていた。そこに冷水を浴びせかけたのがバルであった。
「落ち着けよ。おまえ昨日いってただろうが。ここに偽勇者を引き渡すために軍を呼んだって。ほったらかしでいいのかよ?」
「し、しまった!」
「忘れてたのかよ……」
悪行を積んだには違いないが、昨日の今日で記憶の果てに忘却されそうになっていた偽勇者をバルはつい哀れに思った。ただ、偽勇者に同情を抱いてばかりはいられない。今ひとつ、切迫した問題もあるのだ。
「それによ、おれたち、人間の軍隊がくるところにはいたくないぜ。余計な騒動に巻き込まれたくはないからな」
バルの言葉ももっともなので、アズハルはますます頭を悩ませた。頼りない連れを見かねたのか、フェリハが一歩前へ進み出る。
「それならさ、この町の人に押しつけ、じゃなくて、任せちゃおうよ」
「おれたちはそれでかまわないが、あいつら、私刑にするんじゃねえのか?」
「ちゃんと釘を刺しておくってば。軍がくる前に手を出したら、罰せられるってね」
「まあ、それでいいんじゃねえの」
自分たちには関係ないという消極的な賛成ではあったが、外見に似合わぬ常識人であるバルの賛意が得られたことで、フェリハは気をよくしたようだ。早速とばかり、アズハルを引きずり、今まで来た道を返していく。
慌ただしい二人がいなくなったので、旅支度をするために天幕などを片づけようとしたとき、ふとあることに気づいて、バルは手を止めた。
「ちょっと、待て。これってあいつらと同行するって話になってないか?」
「何じゃ、今ごろ気づいたのか?」
事もなげに言ってのけるミラにバルの白眉が急角度に跳ね上がり、釣り針を引っかけられ、見えない糸で引っ張られているかのように頬がひくついた。
「て、てめえ……知ってて黙ってやがったな?」
「だって、バルに知られたらうるさいからの。危険なことはするなじゃとか、騒動に首を突っ込むなじゃとか」
「当たり前だろ! 危険は少ないほうがいいに決まってんだろ!」
「そうはいうがな、退屈するよりは面倒に巻き込まれるほうがましじゃろ? 何せ長い長い時をあたちは生きねばならぬのじゃからな」
「まったく共感できねえよ。そこまでいうのなら、今度からは危険な目に遭ったときは全部おまえが対処してくれよ。おれは後ろで見物させてもらうからな」
「何をほざきおる? 危険なことはすべてそが対処するに決まっておろう。か弱き乙女であるあがどうしてそのようなことができようか、いや、できまい」
「か弱き乙女なんてどこにいるんだよ? おれには腹黒いガキしか見えないけどな」
「それはその目が腐っておるのじゃ。もっと真実を見抜く目を養うがよい」
「そうだよな。十年前にそれがあったら、こんな目には遭っていなかったはずだしな……」
溜息をついたのはこれで何度目だろうか、数えるのも馬鹿らしくなる。こうやって自分自身の意見は受け入れられないのだと思うとバルもやりきれない。何事にも動揺しない心を持ちたいと思うが、若いバルにはまだ血の気が多すぎたようである。
悟りよりも諦めることが肝心とバルが再び片づけの作業に戻ろうとしたら、まだ話は終わってないとミラが声をかけてきた。
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