仮初めの協力態勢
東の空が白み始めたかと思うと、はるか彼方の山脈が黄金の線で縁取りされていく。まるで天地がその線で分断されたかのような幻想的な夜明けだった。
その美しさは一瞬で姿を消し、空の王者が堂々と空を上っていく。同時に無彩色だった世界は色を取り戻し、あらゆるものが平等に朝日の光を浴びて輝いた。
身体が大きいゆえに天幕に入ることができず、常に夜空を天井に外で寝ていたバルであったが、ふと人の気配が近づいてくるのを察知して、はっと目覚めた。
周囲を警戒すると、すぐにその正体が知れた。アズハルが丘を走って登ってくるところだった。その後ろをフェリハが息を切らしながら、続いてくる。
まさかフェリハが昨夜のことをアズハルに喋ってしまったのかとバルは剣を引き寄せ、いつでも抜けるよう体勢を整えた。
ミラを起こすべきか、一瞬だけ迷ったが、時間的にそれは不可能だとわかるや、時間を稼ぐことをまず最優先させようと身構える。
だが、近づいてくるにつれ、アズハルの顔には敵意もなければ、戦意もなさそうなのが見て取れる。アズハルもバルに気づいたらしく、なぜかばつの悪い顔をしたが、走る速度を落とすことはなかった。
やがて汗だくになり、息づかいの荒いアズハルがバルの前で立ち止まる。その後に着いたフェリハは酸欠で顔色を紫色にしながら、その場に崩れ落ちた。
何も体力の限界を迎えるまで全力疾走してこなくてもよさそうなものだが、とバルは呆れ、呼吸の整わない二人組を呆れたように見下ろした。
とりあえずは戦いに来たわけではなさそうだ。そう思いバルは腰からつり下げた剣の鞘から手を離す。体力をこんなにも消費した状態で向かってくるはずがないからだ。もっとも、アズハルのことだから、呼吸が整うまで待たないのは卑怯だなどといい出しかねないが。
「朝から走り込みとは精が出るな。その調子でもう一往復してきたらどうだ?」
「べ……別に……走り込みに……きたん……じゃない……」
「何をいってんのか、さっぱり聞き取れねえ。まずは呼吸を整えろ」
まだアズハルの息が荒いとわかっていて質問したバルの底意地はとてつもなく悪い。にやにやとアズハルとフェリハを観察しながら、彼らが落ち着くのを待った。
「で、何の用なんだよ?」
「ああ、きみのご主人が協力してくれるとフェリハから聞いてね、居ても立ってもいられずに飛んできたというわけなんだ。何でもおれの偽者が次どこに現れるか、予想してくれるって話じゃないか」
「まあ、たしかにそんなこといってたな。けどよ、ちと早すぎるんじゃねえか? うちのお嬢さまはまだ夢の世界に旅立ったまま帰ってきてないぜ」
「なら、起きるまで待たせてもらってもよいだろうか?」
「お待たせするには及びませんわ」
バルとアズハルの会話に割って入ったのは、いつの間にか天幕から出てきたミラであった。着替えているところを見ると、ミラもまたアズハルたちの接近に気づき、用意していたのだろう。
「おはようございます、アズハルさま」
「ああ、朝早くから押しかけてしまってすまない。それと昨夜は迷惑をかけたみたいで、申し訳ない。酒を飲むと、ああなってしまうらしいんだ。そのときの記憶がなくなっているから、おれは覚えていないんだけど」
「お気になさらないでください。ただ、お心の奥にずいぶんと鬱屈したものがたまっているご様子だったので、心配しました」
「う、うん。今度からは人前で酒を飲まないよう気をつけるよ」
「いえ、それよりももっといい方法があります」
「いい方法……?」
奇異の感を抱いたかのような表情を浮かべ、思わず鸚鵡返ししたアズハルは信じられぬミラの言葉を聞く。
「はい。それはアズハルさまが王になることです」
「おれが王だって?」
「別に驚くことはないと思いますが? アズハルさまが成し遂げた偉業は五王国から遠く離れた土地にも届いていると聞きます。悪政を敷き、民をないがしろにする王国に、アズハルさまの旗をお掲げになれば、各地より人が集まりましょう。悪逆な王を打ち倒した後はアズハルさまが理想とする国をお建てになればよいのです」
始めは軽く煽ってやろうという意図だったが、途中からミラは本気になり始めた。アズハルが建てる国とはいかなるものか。興味がふと湧いたからだ。そのためならば、協力を惜しまないつもりだった。
だが、アズハルは耳の後ろを掻き、ミラの扇動には乗ってこなかった。
「いや……やめておくよ。実はフェリハにも同じことをいわれたことがあってね、五王国の戦争を止められなかったことを悔やむのならば、いっそのこと五王国を束ねる王になってみせろってね」
アズハルはそこで一旦語を切り、大きくため息をついた。首を振りながら、王になれない理由を語った。
「でも、おれは王の器じゃない。それにおれのせいで多くの人たちの運命を狂わせてしまった。特にエレミアの民にはひどいことをしたも同然だ。白鷺王を失って、混乱の最中、多くの命が失われたと聞く。そんなおれが王になっていいはずがない」
エレミアに関してはアズハルだけでなく、ミラにも責任がある。ミラは痛む胸を服ごと握り、一瞬だけではあるが、痛恨の表情を浮かべた。
ミラはこれ以上説くのは得策でないと判じ、退くことにした。
「わかりました。今はこれ以上申しません。ですが、これだけは覚えておいてください。アズハルさまが王になれば、より多くの人を救えるのだと。そして、その分、不幸になる人が減るのだと」
「みんな、おれのこと、過大評価しすぎだよ。だけど、肝には銘じておくよ」
「ええ。いずれアズハルさまにも選択の機会が必ず訪れましょう。そのときにはお間違えのないように」
アズハルをけしかけることは失敗したが、今後行動を共にしていれば、いつでもその機会はあろう。国盗りというのも存外面白いかもしれぬなどと不埒な考えを胸にミラはバルに向き直る。
「バル、朝食の準備を。たしか乾し肉がありましたね。それをアズハルさまとフェリハさまのお出しなさい」
「え? これは非常食なんだが……」
「早くなさい」
有無をいわさぬ口調でミラに命じられ、バルは仕方なく従うことにした。
バルは自作した小さな折りたたみ式のテーブルに大皿を置き、その上にいざというときのために取っておいた秘蔵の乾し肉を並べる。
バルにしてみれば、黄金を供出しているようなもので、人間に出すのはいささかどころか、かなり惜しい。
「いや、おれたちもそこまで厚かましくは……」
「そう仰らず、ぜひ! 粗餐ですが、昨晩の返礼とお思いください」
「そうかい? じゃあ、遠慮なく」
「頼むから遠慮してくれ!」
バルは声にならぬ抗議を上げたが、アズハルとフェリハの心には届かなかったらしい。
フェリハは昨晩の件があってか、いささか食欲がなさそうだったが、アズハルは朝だというのにすべて平らげた。
バルが血の涙を流さんばかりの表情を浮かべながら、食後のお茶を入れると、それもほぼ一息で飲み干し、アズハルは実に満足だといいたげな吐息をつく。
財宝よりも貴重な財産を失ったかのように半ば魂が抜けたかのようなバルが後片づけしていると、ミラがフェリハを呼んだ。
フェリハは一瞬身体を強ばらせたものの、どうにか自然と言える状態で近寄ってきて、ミラの耳元で囁いた。
「な、何よ?」
「そうかしこまるな。勇者にばれるじゃろ」
「わかってるわよ。だから用は何なのよ?」
「そのテーブルの上に昨日の地図を置くのじゃ。なるべく並べるようにしてな」
何のことやらわからなかったが、考えがあるのだろうとフェリハは区分けされた地図を合わせていく。次第にフェリハもわかってきたのだろう、作業の速度が速くなる。
「これは一体……?」
アズハルが並べられた地図を見て、驚きの声を上げる。
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