秘密は月光の下でも曝かれる

 フェリハは一度唾を飲み込むと、緊張の面持ちで、フェリハに対した。


「これで何もなかったら、今までの無礼は詫びるわ。それでいい?」


「かまいませんわ。もっとも、フェリハさまがお詫びなさるようなことは何もありませんけど」


「なら、いわせてもらうわ。その首から下げているおぞましい首飾りは何なの? まるで何もかもを飲み込んでしまうような……それだけじゃない。耳飾りも、腕輪も、身につけている金属製のものすべてから同じ力を感じるわ」


「先祖伝来の品ですから、そういう力もあるかもしれませんが、わたくしにしてみれば、財産みたいなものです。何しろ国を追われたときにありったけの装飾品を身につけましたから」


「財産? 嘘いわないでよ! そんなものが売れるはずがないじゃない!」


 すでにフェリハの理性と判断力は限界に来ていたのだろう。退くどころか、逆にミラに向かって歩を進め、首飾りに向かって手を伸ばしたのだ。


 フェリハの手がミラの首飾りの一つに触れようとした瞬間、夜気に小さな破裂音が響く。ミラがフェリハの手を払ったのである。フェリハの行為はさすがにミラの怒りの琴線に触れた。


「痴れ者め! そまで取り込まれたいというか!」


「……やっと本性を現してくれたじゃない。あんたにぶりっ子は似合わないよ、白鷺王」


 ようやくミラから聞きたかった情報を引き出したことで、フェリハは顔を紙のように白くさせながらも、口の端をかすかにつり上げる。


 しかし、フェリハが優位に立ったのはそこまでだった。立とうと膝に力を入れようとしたのだが、そのまま崩れ落ちてしまう。肉体的な変調というよりもっと根源的な、魂の一部が砕かれたかのような脱力感に襲われていた。


「な、何、これ?」


「ふん。どうやら指輪がその手にでも触れたらしいの。その程度ですんで、運がよかったといいたいが、まあ、指輪は他のより多少弱いから、少しくらい触っても問題はないだろうの。ただし他のは別じゃ」


 ミラが指で首飾りの鎖をかき上げると、金属が擦れあう清涼な響きが夜の空気を揺らしたが、フェリハにはそれが不協和音よりもおぞましい音となって、鼓膜を引っ掻いた。今になって、フェリハは得体の知れないものに不用意に触ろうとしたことに恐怖を抱き、思わず身体を震わせる。


「何よ、それ……? 一体何なの?」


「封といえば、わかりやすいかの。正確にはあの力を吸い取り、別の力へと変換するものじゃがな。せいぜい気をつけるがよいぞ。普通の人間が触ろうものなら、一瞬で干し肉になるのじゃからな」


 フェリハは生来「流れ」を見ることができた。人体の血流、大気の行方、人の移動や物流などが何となくわかるのである。すべての生物の周囲に現れる炎のような揺らぎが見えるのもそのためだ。だからこそ、冷静さを取り戻した今のフェリハにはミラの言葉が偽りでないことを覚らざるを得ない。


 ミラが掲げる十字型の首飾り一つで、フ・アルの街は底のない深淵へと沈むだろう。比喩ではなく、街そのものが飲み込まれるほど、いや、ともすれば国家そのものが一夜に消えてしまうほど、首飾りに流れ込む力は大きい。そうであるがゆえにフェリハも恐慌を起こしたのだ。


 しかも、ミラは一つだけではなく、その身に無数の装飾品を纏っている。そのすべてが一つに合わさったとき、おそらくは大陸すら飲み込まれてしまうのではないか。その疑問はほぼ確信となって、フェリハを襲い、その歯の根は極寒の中にいるかのように合わない。


 いっそ狂ってしまえれば楽になったかもしれないが、フェリハの脳内には極めて冷静な一部があり、それが彼女を絶望的な現実へと引き留める。そこで理性は疑問に思う。ミラはなぜこのような真似をしているのかと。


 しかし、答え合わせの機会を断つかのように、フェリハの首筋に鋭い刃先が触れていた。目だけで追うと、恐ろしく巨大な剣が映る。人では振り回せないような剣を持つものはバルしかいなかった。彼はフェリハに気配も感じさせずに背後に回り込んでいた。


 バルはフェリハを無視して、ミラへ不平を零した。


「何やってんだ、てめえは? 姿が見えねえと思ったら、こんなところで暴露大会始めやがって!」


「今回に限っていえば、あは悪くないぞ。知らぬでもよいことを、わざわざ暴こうとしたこやつが悪いのじゃからな」


「だとしても、わざわざついていくことはねえだろうが! で、即行正体ばらされてんじゃん! 何がしたかったんだよ!」


「つーん」


 ミラはこれ以上なく唇をとがらせ、これ見よがしに顔を背けた。事情を知らなければ、かわいく映る仕草も、怒り心頭に発するバルには通用しない。


「かわいくねえんだよ! 毎度毎度騒動を起こしやがって! 尻拭いするこっちの身にもなってみやがれ!」


「だから、あは悪くないというとろうが! こやつが余計なことさえしなければ、明日の朝にはお互い何の遺恨もなく、別れられたはずなのじゃなから」


「いや、おまえのことだから、きっと勇者と行動を共にしただろうよ。それこそ最悪の形でバレるまでな」


 バルの口から勇者の単語が出たとき、主従の口げんかの間に逃げる機会を探していたフェリハが過敏に反応した。バルがここにいて、アズハルがいない事実に、フェリハは居ても立ってもいられず、剣が突きつけられているにもかかわらず、バルのほうへと振り向いた。


「ねえ、アズハルはどうしたの! あ、あいつに何かあったら、あたし……!」


「安心しろ。寝込みを襲うなんて、巨鬼族の矜恃に悖るような真似するか。今頃、天蓋つきのベッドでグースカいびき掻いて寝てるだろうよ」


 巨鬼族の矜恃とやらを信用したわけではなさそうだが、フェリハはバルの言葉にほっと胸をなで下ろした。とはいえ、彼女自身が危地から一歩たりとも抜け出てはいない。バルの次の言葉がそれを自覚させる。


「で、こいつのことはどうするつもりなんだ? 女子供には手を出さないのがおれの信条だが、今回ばかりは信条なんざ守ってる場合じゃなさそうだしな。ひと思いにやっておくか?」


「まあ、待て。その信条を無下にする必要はあるまい。バルよ、剣を離してやるがいい」


 あらかじめ予想してあったのだろう、バルはフェリハの首筋から刃を引いた。それでも、フェリハのすぐ背後で、いつでも剣を振るえるよう一足の間合いを保つ。


 フェリハは首筋を手で押さえ、出血の度合いを確かめると、皮一枚だけがわずかに傷ついていたものの、すでに血は止まっていた。命拾いをしたフェリハではあるが、憎しみを込めた視線でミラを睨んだ。


「どういうつもりよ?」


「命を救った恩人に向かって狂犬のごとく歯を剥くその態度。まったくもって度しがたい」


「何ですって!」


「いちいち声を荒げるでない。おちおち話もできぬ。吼えるのならば、あの話を聞いてからにするがよい」


 唸りながらも、フェリハが食い下がらなかったのは、死を偽装して、多くのものを欺いたミラが何を語るのか、救いようのない好奇心が芽生えたからだ。同時に好奇心と同等の恐怖心もあった。聞けば、きっと後悔する類の話だ。場合によっては、死んだほうがましだったかもしれないと思えるものになるであろう。


 だが、フェリハの心の天秤は興味がわずかに勝った。息を凝らし、ミラの次の言葉を待つ。

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