正体ばれてる?
夜の散歩と称して、フェリハはミラを屋敷の外へと連れ出した。
バルから引き離す意図があるのは明白だが、ミラは黙ってフェリハの後に続いた。おそらくフェリハはミラを白鷺王ではないかと疑っているのだろう。問題はいかにしてその疑念を抱いたのかを知りたかったのだ。
「そんなこと知ったってしょうがねえだろう!」
バルが傍にいたのならば、そう叱ったに違いないが、あいにくとうるさいお目付役はいない。退屈を凌ぐための刺激を得るのならば、多少の危険も仕方がないというものだ。
それにしても、どこまで行くというのだろう。フェリハは後ろに続くミラのことなどお構いなしに足早に進んでいく。ミラは必然的に小走りにならざるを得ず、フェリハが止まったとき、呼吸を大きく乱していた。
街が見下ろせる丘の頂上でフェリハは足を止め、振り返ると、息を切らしたミラに向けて、無表情に詫びた。
「あ、ごめん。つい何の考えもなく、先に進んじゃって」
「い、いえ……」
フェリハはミラの呼吸が収まるまで、無言で待っていた。頭上には雲一つない満天の星空が広がっているが、よもやここに及んでその美しさを語るというわけでもないだろう。
ミラの体調が戻るのとほぼ同時にフェリハは口を開いた。今までの友好的な口調とは異なり、所々に険が含まれていた。
「あんたは一体何者なの?」
ずいぶん哲学的な質問だと、ミラは内心で失笑した。その問いに答えられるのは賢者か、愚者であろう。もちろんフェリハの意図がレゾンデートルについて問うことではないくらい、ミラも理解している。
その一方でやはりとも思った。フェリハは何らかの方法でミラの正体を知ったに違いない。
ただ、フェリハの態度から察するにまだ疑惑の段階を出ていないようだ。巧みに隠してはいるが、フェリハの表情にはどこか焦りのようなものが見え隠れする。
当然であろう。こちらから情報は一切与えておらず、フェリハの推測を補強する材料がないのだから。
もう少しいじめてやろう。一方的に優勢な状態というものは実によいものだと、ミラの中で嗜虐的な欲望が積乱雲のごとく湧き起こる。アズハルをいじれなかった分、フェリハにはじれてもらうとしよう。
ミラは質問の意味がわからなかったように首を傾げ、苦笑を浮かべる。
「質問がずいぶんと大雑把のような気がするですが……?」
「ああ、そう。そうやってはぐらかすんだ。じゃあ、単刀直入に聞くけど、あんた、白鷺王なんでしょ?」
「また……唐突な質問をなさるのですね。そもそも白鷺王陛下は崩御なされました。それはフェリハさまがよくご存じのはずでしょう?」
「そんなのわかってる! でも、そうだったらおかしいじゃない! 同じ『色』を持つのが二人もいるなんて!」
恐怖に耐えかねたかのように叫ぶフェリハだったが、まずいことを口走ったとばかりにはたと口を閉ざす。それでも、その顔は青く、息は荒かった。
なるほどとミラは思う。「色」と言うからには、やはりフェリハには見えていたということになる。たしか同じような例があったはずだと、ミラは脳裏に記憶した書物を紐解いた。
あらゆる生物の周囲に生命力が炎にも似た輝きで包まれているという。常人にはそれが見えないが、フェリハは見えるものらしい。ミラが記憶した書物にはさらにこう書かれている。生命力の輝きは人によって異なり、同じものは一つとしてないという。
ミラは確認のために「色」とは何かを尋ねることにした。
「一体フェリハさまにはわたしが何に見えているのでしょうか? 『色』と仰いましたが、それと何か関係があるのではありませんか?」
手札を晒してしまったフェリハは観念したようにすべてを話し始めた。
「あたしね、いろんな生物に光が宿っているのが見えるの。それって全員が違う色をしているんだけど、まったく同じって人はいないのよ。どこかしら違うものなの。なのにどうして、あんたと白鷺王の色は同じなのよ? 周囲を圧倒するほどの金色の光なんて、見たことないわよ!」
「そう仰っても困ります。例外中の例外があったのではありませんか?」
「わたしも最初はそう思ってたわよ。でもね、あんたの姿を見れば見るほど、白鷺王以外のものには見えなくなってきてるの」
「お言葉を返すようですが、それが根拠ならば、少し薄弱なのではありませんか? 見えているのはあくまでもフェリハさまだけ。その主観に従って、白鷺王陛下とわたしが同一であると結論づけるのは暴論といわざるを得ません」
端的にフェリハしか見ていない幻覚だと主張すれば、彼女の説は前提から崩れることになる。フェリハも理解したのだろう、ミラを睨み、握った拳を震わせた。
だが、フェリハはまだ闘志を失ったわけではなかった。一つ深呼吸をすると、改めてミラに相対した。
「なら、別の方向から攻めさせてもらうわ。あんたの従者、あたし、見たことがあるの。十年前にね」
「巨鬼族なら、あらゆる局面で最前線に投入されていましたから、珍しいことではないと思いますが?」
「見たのは白鷺王の居城で、よ。白鷺王とあたしたちの戦いに居合わせていたわ。あのときと同じ剣を持っているのが証拠よ。アズハルが宝物庫で盗んだのと、大きさは違うけど形状はほぼ一緒。いくら何でもあんたの従者が盗んだとはいわないでしょ?」
「ええ。バルは元々宮廷騎士でしたから。剣は白鷺王陛下から下賜されたと聞きました。そんな大恩ある陛下を守れなかったという自責の念から自害しようとしたのを止めさせ、わたしの従者になるよう命じたのです。以降、頼りになる旅の供として、当てのない旅に付き添ってもらっています」
バルがその場にいれば、「よくもまあ、いけしゃあしゃあとほざきやがる」と毒づきもしただろう。少なくともバルには「大恩」とか、「自責」などという単語をミラに対しては持ち合わせてはいないのだから。
それを知らないフェリハは当然のことながら、裏を取れるはずもなく、唇を噛みながら、必死になってミラの戯れ言に噛みついた。
「あくまでも白鷺王の死後にあのバルってのを従者にしたってことにしたいのね?」
「事実ですから。そもそもフェリハさまに嘘をつく意味がございません。それにわたしが仮に白鷺王だとしたら、秘密を知ったフェリハさまを生かしておく道理もございませんが?」
ミラの表情も口調も温和で変わりなかったが、フェリハは怖じ気づいたように二歩退いて、距離を取った。この程度の間合いなど何の意味もないことを充分に知っていたにせよ、それでも一歩でも遠くへと逃げたがった。
逃走を押し止めたのは、勇気ではなく、一種の諦めだった。たしかにミラのいうとおり、彼女が白鷺王だった場合、その秘密を暴くことは決してよい結果をもたらさない。死を装い、世界を欺いたその先にある目的はきっと計り知れないものであろう。
それを知れば、きっと生きてはいられまい。だから、フェリハは自分自身の命を諦めたのだ。
それゆえ、フェリハは大胆であった。最期まで毅然とあろうとする見栄がフェリハの足を大地に縫いつける。それでも、声は震え、顔からは血の気が引いたまま、一向に赤みが差す気配はない。
「じゃ、じゃあ、最後の質問よ」
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