遊んだら、お片付けしないと

「で、こいつらどうするんだよ?」


「そうねえ……あ、そうだ。こいつらが根城にしていた館があったはず。そこに押し込めておきましょ」


 館まで多少距離がある。露骨に面倒臭そうな顔をしたバルであったが、ちょっとした悪巧みを思いついたかのように試み顔を浮かべる。


「おい、勇者、おれが二人運ぶから、後は全部やってくれ」


「そ、それじゃ、あまりにも不公平すぎるだろう!」


「おいおい、処置を任せてくれって言ったのはどこのどいつだ?」


「ぐっ!」


 アズハルが顔を赤らめて、黙ってしまった様子にバルは身体を震わせ、笑いを耐えた。今までミラにしてやられていたので、やり場のない感情の捌け口を見つけた喜びもある。何事もきまじめに反応してくれるものだから、実にいじりがいがあるというものだ。


「いい加減になさい、バル。アズハルさまがお困りでしょう」


 調子に乗りかけたバルを窘める風にミラが割って入ってきたが、数十匹の猫の怨霊がまとわりついているその奧で自分だけ楽しむなとの本音が見て取れる。


 ミラもまたアズハルをいじりたくて仕方がないのだろうが、いかんせん、おしとやかに振る舞うという初期設定を貫き通さねばならぬだけにバルが羨ましくて仕方がないのだ。


 どう答えてやろうかとバルが思案していたが、答えが出る前にフェリハが実に建設的な提案をしてきた。


「あのさ、すぐそこに荷車があるんだけど、それ借りていこうよ」


 なるほど、フェリハが指さす先に二十人ほどが乗れる荷車があった。詰め込めば三十人乗せられるだろう。本来ならば、牛か馬に引かせるのだろうが、あいにく家畜が見当たらない。


「で、おれが運ぶことになると? 勘弁してくれよ。何が苦手って、おれは肉体労働ほど苦手なものがないんだよ」


 不平不満を零しながら、バルは山積みされた偽勇者の一味を乗せ、荷車を引いていく。労働時間はほんの数分でしかなかったが、その間にバルが発した愚痴は千を越えていたかもしれない。


 館の前に到着すると、かつては地方貴族か、領主の館だったのだろう、質素ながらも品のある落ち着いた趣がある。もっとも、主が不在の間に偽勇者たちによって、かなり汚されてしまったようだが。


「とりあえず地下室にでも放り込んで、閂でもかけておけばいいよね。首都から軍がくるまで、それほど時間がかかるとは思えないし、その間、放置してもかまわないわけだし」


 荷車から館の地下に運ぶのは、やはり男の仕事らしい。バルとアズハルが交互に館に運んでいき、最後に扉を封鎖して、一応の作業は終了する。


「お疲れさま。地下室物色してたら、いいワイン見つけたんだ。一緒にどう?」


「……あんた、何やってるんだよ?」


「えー、けちくさいこと言わないでよ。どうせこのままじゃ、捨てられるだけなんだから。あ、つまみも探してくるから、どこか、座れる場所探しておいて」


 バルの返答を待たず、フェリハは館の探索へと向かっていった。バルはアズハルを見て、訊ねる。


「おい、あれ、何とかしなくていいのか? どう見ても、こそ泥じゃねえか」


「むう……たしかに悪いことかもしれないが、下手に止めるとろくなことにならないからなあ……見なかったことにしてくれればありがたい」


「……そうか」


 ここでバルはアズハルに同情と共感を覚えた。いつの時代、どの種族であっても、男は女に頭が上がらないのは宿業だといってもいい。こいつもいろいろ苦労したのだなあと、同志を得たかのようなバルの目の端に感極まった涙が光る。


 だが、いつまでも勇者たちとかかわってはいられない。何よりもバル自身、どこでぼろを出すかわかったものではないのだ。


「ああ、悪いけどさ、おれたちはこれでおいとまさせてもらうぜ。なあ、ミラ?」


「何をいっているのですか? せっかくフェリハさまがお誘いになっているのですから、受けずにいたら失礼でしょう」


 予想に反して、いや、ある意味予想通りの答えに、バルは目を剥いたが、すぐにミラの本意を探るべく、主人の瞳を睨みつけるように見つめた。


「てめえ、何を考えてやがる?」


「この旅もいささか退屈しておってな、ここいらで何か面白いことが起こってくれぬものかななどとは決して思ってはおらぬぞ」


「ほら来たあ! 何だってこう面倒なほうへといこうとすんだよ? 尻ぬぐいするのはいっつもおれなんだぞ!」


「仕方なかろ。そういうお年頃なんじゃし……いや、お年頃なんじゃもん」


「今個性変えてる場合じゃねえだろ! 中途半端だよ! つか、気持ち悪! うざ!」


「なっ! この天地開闢以来、空前絶後の美少女たるあに向かって、気持ち悪いとか、うざいとか何事じゃ!」


「姿形の話じゃねえ! もうその心根が気持ち悪いんだよ!」


 ここまでのやりとりは口での会話ではなく、すべて目線だけでされた。火花が飛び散るような応酬があったが、お互いの信頼関係が強固でなければ、こうはいかなかっただろう。もっとも、傍目から見れば、その仲の良さが気持ち悪いかもしれないが。


 アズハルをよそに熾烈で低劣な争いを続けていたミラとバルであったが、フェリハが戻ってくると、ミラはあっさりと豹変した。


「ねえ、こっちに食堂みたいなところがあるからさ、ここで一服しようよ」


「はい。今参ります」


 バルに制止させる暇も与えず、ミラはフェリハの後をついていった。必然的にバルも同行せざるを得ない。


「どうしてこんなことになってんだ?」


 バルは自問したが、自答を得られることはついになかった。

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