聖女の勘ぐり

 アズハルがいいかけたところで、フェリハの手が後ろから伸びて、彼を脇にどかすと、するりと入れ替わる。その手際の良さは何回となく反復したからこその滑らかさだった。


「それはあたしが説明するよ。こいつじゃ、また怒らせるだけだからね」


 聖女の二つ名があるわりにはざっくばらんなところがフェリハにはあるが、あまり嫌味にならないところが人徳というところか。フェリハはミラと話す前に、まずバルへと視線を向けた。


「で、あたしの話をする前にさ、先にそっちの考えを聞いておきたいな。そこの巨鬼族のお兄さんはどうするつもりだったの?」


 人は本能的に巨鬼族を恐れる。過去において、友好的だった例もなく、常に相反し、反目しあっていたからだ。その強さは人々の口々に語られ、今ではかなり誇張された「伝説」が人類社会の隅々まで浸透している。


 しかも、ミラとアズハルの戦いの最中、バルとフェリハは至近距離で会っているはずなのだが、向こうはとぼけているのか、忘れているのか、彼女の態度は旧知の友人にばったり出会ったかのような気安さがある。バルはいささか困惑しながらも、自分の考えを述べた。


「さっきもそこの勇者さまにはいったけどよ、この街の連中に委ねるよ。その結果、あいつらがどうなろうとおれたちの知ったことじゃないしな。この街の連中が復讐の権利を行使したいってんなら、それもいいさ」


「復讐の権利なんてね、この街の人たちにはないものだよ」


 淡々とバルの言葉を否定したフェリハだったが、どこかに屈折した思いがあるらしく、眉間にはかすかに皺が寄った。瞳は陽炎のように揺らぐも、すぐにそれは消えた。


「この街の人たちは何もしてない。自由を勝ち取るために何かをしたわけでもない。むしろ、この連中に荷担して、一緒に悪事を働いていたも同然のことをした加害者っていってもいいくらい。だって、勇者の偽者だって知ってながら、疑うこともなく受け容れて、その蛮行を止めなかったんだから、荷担したのも同じよ」


 多少の侮蔑を交えて、突き放すような口調はフェリハの本心なのだろう。それだけに相手の立場が弱者だろうが、その主張は峻烈に響く。彼女の心情はおそらくこの十年の間に歩んできた道のりと無縁ではなかっただろう。


 そして、その矛先はミラとバルにも向けられているようでもあった。アズハルらが現れる前、ミラとバルは父を失った少女に復讐の機会を与えた。


 フェリハの言葉の裏を取れば、それを咎めているということだろう。もし、それを見ていたとするのならば、バルにとっても不愉快な話だ。アズハルとフェリハは少女の父が殺されるのを黙認したことになるからである。


 正義の何たるかを問うつもりはないが、自身の行動が間違っていたとは思わないし、ミラの命令も不当なものだったとは到底考えられない。


 フェリハもそこまで問い詰めるつもりはないようだった。かすかな非難、それを視線にだけ込めたものの、すぐに柔和なものへと戻った。その根底には他人の力を当てにして、現状を変えようとしないものへの強烈な不満があるようだった。


 もちろん、今し方「初めて」会った相手の思考がすべてわかるわけではない。一ついえるのは、フェリハがこの町の住人のことをよく思っていないということだけだ。


 これ以上の討論は水掛け論にしかならない。不毛な議論を切り上げ、バルはこの偽勇者たちの対処について、フェリハに問い質した。


「あんたの考えはわかったが、あんたはこいつらをどうするつもりなんだ? まさか無罪放免ってわけじゃないよな?」


「それを判断するのはあたしたちじゃなくて、この国の司法だよ。ここに来る前にちょっと王都に寄ってきてね、そこでここに引き渡しのための軍隊を派遣してくれるよう頼んだわ」


「ずいぶんと手際がよろしいことで」


「まあね。こういうとき勇者の名前って便利よね。霊験あらたかだわ」


 悪びれることなく語るフェリハにバルは好感を持った。アズハルとのやりとりが最悪だっただけに、その反動でそう思うのかもしれないが、少なくとも話が通じる相手ではある。


 バルがそう思っていると、なぜかミラが前へと進み出した。バルを見るミラの目には多少の険がある。何が彼女を怒らせたのか、皆目見当がつかないが、これ以上交渉役を任せるつもりはないとのことなのだろう。


「お話はわかりました。ですが、彼らを縛り上げるお手伝いくらいはさせてもらってもいいのではないでしょうか?」


「そうね。よかったら、手伝ってくれる? 誤解しておいて、何だけどさ」


「おやすいご用です」


 にこやかに快諾したミラではあるが、実行するのはバルである。不平を漏らしつつ、バルは一人一人縛り上げていく。最初からこうやって縛り上げていればよかったのだ。実に回りくどい理屈を並べたものだと思う。


 バルとアズハルが黙々と作業を続ける中、フェリハがミラのそばへと寄ってきて、小声で語りかけてきた。


「ねえ、あなたの名前、ミラって言うの?」


「はい」


「ふうん。あの白鷺王と同じ名前なんだね」


「ええ。珍しい名前ではありませんから」


「そうなの? 少し面影があるよね?」


「白鷺王陛下とは遠戚ですから、多少似たところがあるやもしれません」


「そうなんだ。一応、姓のほうを聞いてもいい?」


「はい。オルニスと言います。エレミア建国十二家族の一つです」


 どこか疑念を抱いているかのようなフェリハの問いに対し、ミラは顔色一つ変えずと答え続けた。しかも、嘘はついていない。オルニス家は実在していたし、家長はミラであったのだから。


 ダクリュオンの姓は王家のもので、王位に就いたときに名跡を継いだのだ。まだ破壊されていなければ、王宮の公文所に保管されていることであろう。仮にフェリハが調べても、何の不都合もないというわけだった。


 そもそもいくらアズハルとともに決戦の場にいたからといって、あの頃の白鷺王と今のミラを結びつけるのはほぼ不可能に近い。


 容姿は異なっているし、力も弱い。同一人物としての物証はなく、あるとしたら、力の質が同じことだろう。


 指紋や声紋と同様に力の流れは個々によって異なるため、フェリハが看破できる能力を持っていない限り、正体が露見する恐れは万に一つもない。


 疑いのまなざしを向けてくるフェリハだったが、やがて表情を和らげると、その後は雑談に転じる。しばらく話していると、作業が終わった旨をバルが伝えてきた。

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