本物が本物っぽくないのもまた問題
ミラとバル、そして、偽勇者とその一党の視線が一斉に声のしたほうへと向いた。すると、民家の屋根の上には二体の人影があった。逆光なのでよく見えないが、体格から察するに前方で両者に睨みを利かせているのが男で、後ろで恥ずかしそうに身体をくねらせているのが女だろう。
先ほどの声は声質から考えるに、前者から発せられたもののようだ。男はさらに口上を続けた。
「勇者の名を騙って、悪行三昧とは不届き千万!」
「また暑苦しいのが出てきたな」
バルは心底辟易した様子でことの成り行きを見守っていた。この熱気はミラに通じるものがあるが、彼女は見た目が幼弱であるためにまだ微笑ましくある。身贔屓の極みではあるが、やはりあの人影は暑苦しい。
そして、その鬱陶しい熱はあろうことか、あらぬ方向へと向けられた。人影は剣を抜くやいなや、その切っ先をバルへと向けたのだ。
「きさまだな! 罪なき民を害した悪鬼羅刹は!」
「ちょっと待て! 何でそうなる?」
「問答無用! 覚悟!」
そう叫んで、飛び降りようとして身構えたとき、後ろの人影が慌てた様子で男を羽交い締めにした。一つになった人影から、かすかにやりとりが風に乗って聞こえてくる。
「え? 違う? ……あっちじゃなくて、こっち? ……いや、だって……あいつの顔……悪そ……いや、顔で判断するのは……まずいけど……」
女が何を言っているのかはわからないが、男のほうは隠す気がないと見え、ほとんど丸聞こえである。
勘違いされたバルは悪人面という理由だけで偽勇者として断罪されかけたことに、不愉快そうに顔を歪めた。
確かに人間から見れば、巨鬼族の顔は恐ろしげに見えるだろう。だからといって、凶相というだけで犯罪者呼ばわりされる筋合いはないし、それこそ明確な差別というものだ。断固抗議せざるを得ない。
だいたい亜種が勇者を騙るはずがない。しかも、誰がどう見ても、亜種であるバルが勇者を自称したところで、「いや、さすがにそれは」と言葉を濁すだろう。
そもそも何だって見ず知らずの他人からここまでいわれなければならないのか。そう不機嫌になりつつも、下手に手を出すと大火傷ではすまなそうだったので、人影が織りなす寸劇につきあっていると、ふと見覚えのあるものがあったような気がした。
それが何か、バルは目を凝らしていると、見知ったものは人影ではなく、彼が手にしていた剣であることに気づく。
その瞬間、バルは総毛立つ。どんな戦場にいても臆したことのないバルも久しぶりに心胆を寒からしめるものを見たのである。バルは無意識のうちにミラの頭を掴むと、前後左右に揺さぶった。
「お、おい、ミラ……!」
「な、何をする、バル! やめぬか!」
ミラに抗議されて、ようやくバルは自身がしでかしたことに気づき、あまりにも動揺している自分自身を恥じた。改めて、ミラにそっと耳打ちをする。
「あの上にいるやつが持っている剣、見覚えがねえか?」
「剣じゃと? ふむ……あああっ! あれは宝物庫から盗まれた幻の名剣『二番目によく斬れる剣』ではないか!」
「……たぶん間違ってはないと思うんだけどさ、その最低なネーミングセンス、何とかならねえ?」
「何をほざく? 序列がはっきりしていてよいではないか?」
「いらぬ情報を提供してどうするんだよ。だいたいあれは『崩天剣キオノスティヴァス』って立派な名前があるんだよ」
「何じゃ、そのチューニ病臭い名前は?」
「チューニ?」
聞き慣れぬ単語に、バルの頭上で「?」の文字が踊りまくる。意味を問うと、ミラは性格とは裏腹に慎ましやかな胸を反らし、鼻息荒くこう答えた。
「知らぬ! ただ頭の中にぱっと浮かんだのじゃ。まあ、少なくとも褒め言葉ではないな」
「だろうな。何か知らんが、すっげえむかつくからな」
ミラとバルの緊張感の欠片もないやりとりの間、頭上の人影のほうでも一段落ついたようである。
その間、偽勇者とその一党が何の行動も起こさなかったのは、突然のことでどう動いてよいものやらわからなかったからだろう。誰もがミラとバルのような太い神経を持っているわけではないのだ。
人影は再び二つに分裂すると、男は一つ咳払いして、仕切り直すかのようにその剣をバルから偽勇者へと向けた。
「よくも謀ってくれたな! 許せん!」
「いや、おまえ一人で突っ走ってただけじゃねえか。どうするんだよ、この状況? グダグダすぎだろ?」
事実誤認で成敗されそうになったバルは空気を読むこともなく、冷静に間違いを指摘してやった。声を潜めないのは正当な復讐の権利を行使したまでだ。おそらくは人影にもバルの声は届いたのだろう。一瞬、身体が強ばる。
すでにミラとバルは頭上の人物が誰かを把握していた一方で、そうであってほしくないという二律背反に苦しんでいた。よもやこんなにも「アホの子」だったとは認めがたかったからだ。
もし、その人影がミラとバルが想像した人物であるとして、彼の声質が悪かったら、救われないものがおそらくは国単位で現れるに違いない。
さて、この微妙な間をどう埋めるのか、誰もが期待と不安を同質同量抱いていたことだろう。男はつい黙ってしまったが、バルの言葉を無視して、何もなかったかのように振る舞うことにしたようだ。
「と、とにかくだ! 罪なき民を蹂躙するのは許せん!」
男としてはここで仕切り直したかったのだろうが、「とにかく」という副詞が出てきた時点で、その言葉は実に軽くなる。
男のほうでもそれはわかっていたようで、彼は行動で自らの証を立てることにしたらしい。かけ声とともに偽勇者たちの前に降り立った。着地の後、しばらく動こうとしなかったのは、電撃にも似た痺れが足の裏に走ったからだろう。
ここでようやく我に返った偽勇者は突如眼前に現れた男に没個性的な誰何を投げつけた。
「だ、誰だ、てめえは?」
「ふっ! このアズハル、悪党などに名乗る名は持っていない!」
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