いくら偽物でも似せる努力はするべき
「あの声を復唱せよ。なるべく大きな声でな」
何を言わせる気だと、バルが訝しむのにもかまわず、ミラは従者にそっと耳打ちした。聞き終えたときバルは心底嫌そうな顔をしたものの、抵抗すると後々碌なことになりそうになく、かといって素直に従ってもあまりいい未来は期待できそうにない。
どちらにせよ、不幸な未来が待っているというのなら、自ら行動したほうが精神的健康にははるかにいいと感じたバルは諦めて、一度大きく息を吸った。ミラが耳を塞ぐのを確認してから、近くの民家の壁が震えるほどの大音声を発した。
「この町に住むものに告ぐ! 今より、我ら、勇者を語る不届き者に譴罰を下す! 今の生活に不満があるものはおのおの武器を手に取り、我らに続け!」
バルの声が山彦になって響き渡り、それが消えても、誰一人出てこようとはしなかった。しばらく待ってみるも、やはりミラとバルに続こうとするものは出てこない。
そうだろうと、バルは思う。魔王とまで謳われた白鷺王を斃したアズハルは今や人類最強の代名詞ともなっているはずだ。つまり人類の誰一人として、彼を掣肘できるものがいないということでもある。そんな化物相手に誰が戦うというのだろうか。しかも扇動するのが魔王より小物の亜種と来た。ますます人々は出てこようとはしないだろう。
その一方で、嵐が過ぎるまでじっと身を潜めている惰弱な人間に対しての苛立ちも当然ある。
「しかし、まあ、人間ってのは腑抜けの集まりか? これじゃ、いつまで経っても、不自由な生活を強いられるだけじゃねえか」
「そういうな、バル。彼らは弱いのじゃ。それにこの程度は予想しておった。何も彼らに奮起を促したのではない。ほれ、向こうから来おったわ」
ミラの言葉通り、大人数の足音が地響きとともに近寄ってくる。右往左往しながらも、無視し得ぬ扇動者を探して、街を駆け回っているらしい。
やがて、偵察と思しき一人がミラとバルの姿を認めるや、すぐにとって返していった。しばらくして、彼は戻ってきたが、後ろには三十人ばかり引き連れている。一つ通りを挟んで、両者は向かい合った。
ミラの後ろにバルが控えているせいか、彼らは不用意に手出ししてこなかったものの、集団の後ろから何者かが声をかけると、集団はさっと左右に割れた。手下たちが作った道を歩いてくるのがお頭だろう。他の連中に比して、装備の質や威圧感が頭一つほど飛び抜けている。
お頭は集団の前に出ると、首の骨を鳴らしながら、眼光鋭くミラを見据えた。バルを前にして、虚勢だとしても、その態度はそれなりに堂々としていた。
「おまえらか? おれたちに舐めた口利いてやがったのは?」
お頭の問いにミラとバルは答えることができず、ただ絶句したまま、お頭を凝視していた。勇者の威光に打たれたというよりは、脱力した様子である。ミラなどは口が半開きになり、せっかくの美貌が台無しになっていた。
頭を振って、現実逃避しようとする意識を無理矢理に引き戻すと、ミラは偏頭痛でもするかのように眉をしかめ、こめかみを指で揉みほぐしつつ、お頭へと向き直った。
「一つ確認しておきたいのじゃが、そがアズハルで間違いないな?」
「ああ? おれ以外に誰が勇者さまだってんだ? あまりふざけてっと、この『白鷺斬り』が黙ってねえぞ!」
白鷺斬りとはかつてアズハルが王城アンディカトプトリズモスに忍び込んだ際、宝物庫から盗んだとされる名剣の一振りだ。白鷺王を斬ったことで白鷺斬りと名づけたとされているが、後年の創作であるといわれている。
ただ、この手の偶像化はかなり早い段階、アズハルの凱旋直後には広まったともされていた。
そのお頭の脅しめいた言葉に、ミラは恐れ戦くどころか、残念そうに嘆息した。
「そがアズハルじゃと? 偽者にしたって、質が低すぎるじゃろ? もう少しまともな嘘はつけなんだか?」
「いや、すげえよな。あそこまで堂々と勇者を騙れるなんてな。でも、あの面で勇者さまはねえだろうよ。まあ、面に関しては人のこといえねえがな」
バルは感心してよいのか、あるいは呆れればいいのか、迷ったように顎の下を何気なく指で掻いた。
一方でたまらないのはお頭のほうであっただろう。おそらく手下もお頭が勇者であることについては疑いを抱いていただろう。いや、ほぼ嘘だと思っていたに違いない。誰も疑問を挟まなかったのは甘い汁を吸いたかったからに他ならない。
お頭とて、手下たちが心から信じていないことは知ってはいたが、ここまでミラやバルに落胆される謂われはどこにもないし、立つ瀬もないというものだ。
元々忍耐に乏しいであろうお頭の沸点は相当低く、すでに頭から怒りの蒸気を噴き出させながら、剣を引き抜くと、ミラたちに切っ先を突きつけた。
「どうやら本格的にこの白鷺斬りの錆になりたいようだなあ? いいぜ、お望み通りぶっ殺してやるよ」
目の前の小悪党は自ら偽者であることを証明してしまった。彼のいう「白鷺斬り」は現在の技術では再現不可能な製法と未知の金属でできているためか、決して錆びないのが特徴であったのだ。
お頭の剣は確かに他の連中に比べればいい装備ではあるが、手入れをしていないせいで刃の一部に錆が浮いてしまっている。これで彼は自身が勇者ではないと、声高に主張したも同じことになった。
「さて、茶番とはいえ、決着をつけねばなるまい。バル、ここはあに任せよ」
「大丈夫か? おれがやってもいいんだぞ」
「む。人を子供扱いするでない。まあ、確かに今のあの姿を見れば、誰もがお子ちゃまだと……」
「いつまでごちゃごちゃいってんだ! てめえらが来ねえのなら、こっちからいくぞ!」
お頭こと偽勇者は果断であったようだ。剣を振り上げ、突進しようとしてきたのだが、彼が足を上げた瞬間を見計らったように頭上から大声が轟いた。
「その戦い、ちょっと待ったあ!」
謎の闖入者のせいで、事態は余計にややこしさを増そうとしていた。
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