もう慣れたとはいえ、面倒事は一向に減らないわけで

「ですよねえ。そうなるよなあ」


 バルは天を仰いで、盛大に溜息をつきたいのを全霊の力で堪えた。通常ならば、ミラの自己満足と幼稚な正義感を満たしてはやりたいが、仮にアズハルが本物だとすると、事情が異なる。


 ほぼ一瞬のことだったが、バルはアズハルの剣技を目の当たりにしたことがある。十五歳の少年が振るうその剣は拙く、我流ゆえの無駄な動きと力があったものの、明らかに天賦の才があった。


 その後十年、鍛錬を続けていれば、その技は熟練の域に達し、打ち破るのは容易なことではないだろう。


 こと剣の技のみを競った場合、バルは十年前のアズハルにすら敵わないとすら分析している。ただ、総合的に負けるとは思ってはいなかったが、勝ちを拾ったとしても被害は馬鹿にできないものになるとも断言できる。


 そうであるがゆえに、バルとしては、本物である確率がわずかであっても、ミラとアズハルを会わせるわけにはいかない。いかないのだが、不意にバルは気づいた。


 一体ミラはどこへ向かっているのだろう。今までの会話から向かう場所は自ずとしれるが、ここは一応確認のために聞いておいたほうがいい。


 こういう手間を惜しむと、後々手痛い代償を負うことにもなるからだ。今の今まで魯鈍のごとく、主人の後についていくだけで、行き先を問うのを失念していた自分を呪いつつ、バルはミラの逆鱗に触れぬよう細心の注意を払いながら、訊ねてみた。


「うん、まあ、おまえの怒りはよくわかった。で、もしかして、その勇者の許へいくつもりじゃないよな?」


「いくに決まっておろ! あが鉄鎚を下さねば、収まりがつかぬわ!」


 だろうなと思いつつ、バルはどこか納得もしていた。昨夜、村長がやたらミラのことを褒めちぎっていたが、その話の内容から察するに、ミラはおそらくこんなことを言ったのだろう。


「ともあれ、わたくしどもがこの村に危難を呼び寄せたのも事実。ゆえにわたくしが勇者さまの許へと赴き、この一件の事実を話して参ります。大丈夫ですわ。理をもって接すれば、勇者さまもきっと目をお覚ましになることでしょう」


 バルがその場に居合わせれば、もちろん止めに入った。できなかったのはあいにくその時、村の復興の手助けになればと、近くの森からバルの愛剣である「すっげえよく斬れる丸」を用いて、百本ばかり木を切り出していたからだ。


 さらにすぐ加工できるよう枝を切り落とし、端材で簡易的な材木置き場まで作ってやった。


 しかも、バルに害がないとわかるや、村の子供たちが総出で群がってきて、体のいい遊び道具にもされていたのだ。話に割り込める隙すらなかった。


 ちなみにバルの愛剣につけられた最低な名は下賜した白鷺王、つまりミラがつけたものだが、とても恥ずかしいので無銘で通すことにしている。


 さらに余計な知識を増やすとすると、バルに下賜されるまで宝物庫で埃を被っていた宝剣は正式な名称があり、目録の中に記されている。


 名を「斬天伏魔剣アバダン」というのだが、バルはそれを知らないし、知ったとしても使わなかっただろう。大仰過ぎて、名前負けしている感があるからだ。実際使ってみて、なるほど宝剣というだけはあり、斬れ味はすさまじいが、それだけで後はそんなたいそうな力を持っているようにも思えない。ゆえに無銘で通したほうがいいと、バルは判断するだろう。


 バルはその剣で今まで人を斬ったことはなく、もっぱら伐採のためだけに使っているわけだが、彼がせっせと作業にいそしんでいる間に話はまとめられ、ミラは村を守ろうとしている義人としての評価を獲得したというわけだ。


 また、ミラの性格からして、悪人を見過ごすなどもってのほかであろう。バルもそこまでは賛成ではあるのだが、今のミラの状態には懸念を表せざるを得ない。


「別におまえが行こうとするのを止めようとは思わないけどさ、今のおまえの力って十年前よりもずっと弱いんだろ? その勇者が本物だとして、勝てるのかよ?」


「ふん! 誰にものを申しておる?」


「自信ありってか? まあ、勝算があるってんなら、おれは別にいいんだけどよ」


「勝算じゃと? そんなものあるわけないではないか。じゃが、今この瞬間にも不義に泣くものがおろう。そのものたちを放置しておけるものか!」


「嘘だろ、おい。今の今まで勢いだけでここまで来たってのかよ?」


「勢いこそすべてじゃ! 乗るしかない、この大波に!」


「乗るどころか、飲み込まれそうなんだけど! つか、おまえには何が見えてんだ?」


「もちろん正義の勝利じゃ!」


 ミラは決してふざけてなどはいないし、かつておのれを討ち果たしたアズハルを見くびっているわけでもない。純粋に透徹とした怒りを抱いているだけに過ぎない。他者から見れば、いかに滑稽で幼稚に映ろうとも、ミラが自分自身を枉げることはないだろう。


 王であった頃は清濁併せ持つ器量であろうとして、背伸びしていたこともあるが、彼女の本質は元々一本気で幼いものだ。


 バルだけがそれを知っていて、だからこそ補うべきなのだろうが、頭脳労働とは無縁な場所にいたからか、思考の集中力と持続性に欠き、大した知恵も浮かんでこないと来た。


 今回も結局何の妙案もなく、勇者が居座るという街まで辿り着いてしまった。バルは最悪差し違える悲壮な覚悟を固めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る