バルさん、やっておしまいなさい! 前編

 ミラとバルがその村を見渡せる木陰へと辿り着いたとき、何軒かの家は焼け落ち、辺りに漂う白煙と黒煙、焦げ臭さが被害の大きさと、すでに事態が終わっていることを示していた。


 村を襲った野盗どもは略奪行為をあらたか終え、戦利品を村の中央に山積みしているところだった。ざっと確認する限り、野盗の数は六人に対し、村人は五十人以上。村人に比して、盗賊の数が少ないのは彼らが抵抗できないことをあらかじめ知っていたのだろう。


 一つ解せないのは、村人に抵抗する手段がないわけではなかったことだ。村人の中にも壮年男性が多くいて、彼らが農具や狩猟道具を武器にして戦えば、決して負ける相手ではない。


 また、野盗の動きを見る限り、彼らは正規の訓練を受けた軍人でもなければ、一騎当千の強者でもなく、身体能力は村人と比して、さして変わるところはないはずだ。村人が一丸となって抵抗するのなら、野盗どもは尻尾を巻いて退散するしかない。


 なのに、なぜ立ち上がらない。バルは略奪行為にいそしむ野盗どもの愚陋さより、項垂れて、卑屈そうに野盗どもの行動を上目で見つめる村人たちのほうに苛立ちを覚えた。


 この程度の災難、自分たちの力で克服できない限り、何度でも同じことが繰り返される。不当な暴力に抗しないのは家畜も同然であり、屠殺されるだけだ。彼らはそれで満足なのか。


 バルはそう憤慨するが、あまりにも一方的な考え方だろう。彼らには巨鬼族の頑強さもなければ、不屈の闘志もない。強いがゆえの傲慢さであったが、バルは弱者の立場というのもある程度は理解していた。


 自分がその立場に立たされれば否応なくわかろうというものだ。ゆえに不快な感情を脇に置き、ミラが掲げる目標を達成するためには何が必要なのかを考えることができた。


 まず、ミラが助けたいと思っているのは弱者たる村人のほうだ。もし、逆だったのならば、今すぐミラの襟首を掴んで、近くの湖にでも放り投げなければならない。主君が乱心したのならば、身体を張って止めるのが臣下の仕事というものだ。


「とはいえ、どうしたもんかね、これは?」


 野盗をかたづけるだけならば、何の問題もない。今すぐ野盗へと駆けていき、そのままぶちのめしてしまえばすむ話だ。


 ところが、問題はそう単純ではない。村人を助けるというからには彼らの安全が最優先されなければならない。不用意に飛び出せば、彼らの命が危険にさらされるのは自明の理だ。


 さらに悪い展開になると、村人が人質にされるかもしれない。


 やつらの裏側に回るか。バルは自身の提案を即座に却下した。今動けば、必ず見つかるし、奇襲するには周囲の見通しがいささかよすぎた。バルの巨体ならかなりの遠方からでも認められるに違いない。


「やっべえ……打つ手ねえじゃん。で、どうする?」


 早々に思考作業を放棄し、ミラに丸投げしようと、バルが首を巡らせたその時、いるはずの場所にいるべき存在がいないことに気づく。


 まさかと思い、ミラの姿を探すと、すぐに見つかったが、展開された光景は考え得る中で最悪のものとなった。ミラが単身で野盗どもへと歩いて行くではないか。


「は? なにしてくれてんだ、あいつ!」


 考えるよりも早く、ミラの後を追うべく足に力を込めたときだ、背中に回したミラの手がしきりと動いていることに目を留めた。掌をこちらに向けているということは、出てくるなということなのだろう。


 次に人差し指を曲げたり伸ばしたりしているのは、自分が囮になっている間に裏へ回れとの指示だろう。


 かつて何かあったときのために手慰み程度の手話を符牒として決めたことがあった。


 バルはすっかり忘れていたので、手の動きから推測したミラの指示が合っているかどうかは甚だ疑問だったが、とりあえずは自分を信じて、いや、騙すことにして、その巨体を苦心させながら、裏に回り込むためにその場から移動した。


 バルが匍匐前進している間にも、ミラは野盗に向かって歩き続ける。あまりにも堂々としていたので、一度は目にした野盗どももついそのまま目を離したのだが、心に違和感が残り、その正体を確かめるべく、すぐにまた目を向けることになる。


 一人の野盗がミラの姿に唖然として、そのまま見とれていたが、すぐに仲間に声をかけた。


 すると六対の薄汚れた視線がミラへと一斉に集中する。最初はまだ逃げ遅れた村人がいるのかといぶかしむ様子だったが、村人と呼ぶにはあまりにもミラの姿は異質すぎた。それでもミラ一人と知るやいなや、彼らの下卑た笑みを浮かべた。


 野盗どもが汚穢に満ちた性根そのままに謎の少女に近寄ろうと、足を上げたその瞬間を見計らったかのように、ミラは人差し指を突きつけ、凜とした声を張り上げた。


「そこな狼藉者ども!」


 白鷺王だった頃の面影は微塵もないが、威圧感はいまだ健在であるらしかった。野盗は思わず跪きかけ、なぜそのようなことをしようとしたのか、行為の途中で気づいて、首を捻る。ミラは彼らの様子などお構いなしにその罪を糾弾した。


「おのが邪欲を満たさんがために無辜の民を害するとはいかなることか! じゃが、今そたちが前非を悔い、まっとうな心根を取り戻し、ここより疾く立ち去るのならば、あはこれ以上咎めぬ。しかし! そたちがなお非道な振る舞いをやめぬのであれば、天に代わりて、あが是非曲直を糺してくれようぞ!」


 ミラの古風な口調の啖呵についてこられた野盗は何人いただろうか。残念なことにいずれも濁った目からも理解という光は見いだせなかったが、自分たちの行動を非難されていることだけはうっすらとわかったようだ。


 彼らにしてみれば、悪事であることを承知の上での行動であるから、誰に何と言われようと今更痛痒すら感じなかったに違いない。


 おまけにミラという獲物が自ら飛び込んできたとすら思ったらしい。


 野盗の視線が欲望の光を放ち、口の端は一様に下品につり上がる。表面上は人畜無害の美少女であるミラなら、高く売れると、野盗どもの顔に黒々と書かれていた。当然、売る前には役得というおこぼれがあることも期待している。


 人身売買はいずれの国家でも禁止されてはいるのだが、その法が厳格に適用されているとはいえない状態だ。いまだ闇社会の貴重な財源ともなっている。


 その上、ミラは過剰なまでの装飾品で身を包んでいた。少女が身を飾るというにはいささか無骨すぎるものが多かったが、上等な銀製品にも見える装飾品の数々は一つ取ってみても高く売れそうだ。野盗の一人がミラに近づき、無造作にミラの首飾りに手を伸ばそうとした。


 触れようとしたその直前、鋭い破裂音がした。ミラが強かに野盗の手を叩いたのである。


「触るな! この痴れ者が! これはそごときが気安く触ってよいものではないぞ!」


 ミラの怒気に触れた野盗は一瞬怯んだものの、年端もいかない少女に気圧されたことを取り繕い、表面上は醜い笑顔の仮面を貼りつけた。


「おいおい、別に触るくらいいいだろ? 減るもんじゃねえし」


「残念じゃが、これは減るのじゃ」


「へえ、そうかい。まあ、どっちにしたって、全部おれたちのもんになるんだから、今更けちけちすんなよ」


 今度は強引にミラの首飾りを奪おうとした野盗だったが、ミラはその腕を躱し、がら空きになった野盗の右脇腹を左の掌で突いた。


 非力なミラの攻撃だから、相手に致命的な一撃を加えるというわけにはいかなかったが、数秒の間、呼吸の自由を奪うには十分な威力があった。


 野盗は思わぬ反撃に三歩ほど足をふらつかせながら退いた。右の肋骨辺りを押さえる彼の表情は小さな自尊心を傷つけられ、怒りに満ちていた。


「ガキが……調子に乗りやがって」


 小悪党の教科書というものがあるとして、おそらくその最初の一ページに載っているであろう例文を野盗は諳んじた。


 こんな片田舎の村を襲うような盗賊どもに個性を求めるのは無理な話だろうが、あまりにも型通りすぎて、ミラは失望したような表情を浮かべた。もう少し気分が高揚するような状況になってほしいものだ。


 そんなミラの顔に野盗は逆上して、剣を抜いた。どこかの戦場で拾って、そのままにしておいたらしく、所々に錆が浮き、刃毀れも激しい。


 切れ味は悪そうだが、それだけに斬られでもしたら、傷口は歪なものとなり、後々まで消えぬ傷を刻み込まれることにもなろう。


「安心しな。殺しはしねえ。だが、ちっとばっかり痛い目に遭ってもらうぜ」


 せっかくの脅し文句なのに、ミラは興味を失ったといわんばかりにつまらなそうに溜息をつき、顔を背けた。


 恐怖を売り物とする野盗どもにしてみれば、ミラの態度は彼らの存在意義の全否定に等しい侮辱であろう。もはや商品価値がどうとかいっていられない。この場でミラを惨殺しなければ、彼らの沽券に関わるからだ。


 野盗は剣を振り上げ、そのままミラめがけて振り下ろした。

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