滅びゆく我らにせめてもの餞を

秋嶋二六

エピローグから始まるプロローグ

人類と亜種の戦争、その結末

 長く、激しい戦争があった。


 さほど昔のことではない。つい十年前まで続いていたのだ。


 すべては人の強欲と傲慢が招いた戦争であった。人類とはすなわちマーブロ、カフカシオス、そして、キートリノの三種を指し、それ以外の人型をした生物を亜種とした。人は亜種を徹底的に差別し、迫害し、弾圧した。


 大陸の各地で居場所を奪われた亜種は流浪の末、新天地を見いだす。大陸の南部には手つかずの大地があった。人類が入植しなかったのはそこが砂と石だけの荒野や永久凍土、砂漠に瘴気漂う湿地帯というように住まうには適した土地ではなかったからだ。


 亜種にとっても、危険な土地ではあったが、彼らは導かれたかのようにその地に集まりだした。そこにやがて村ができ、街となり、そして、国となった。


 後の「エレミア王国」のことである。


 エレミア王国は大きくなり、ついには人類社会のいかなる国よりも強大となった。


 己の失策と危機を覚った人類はエレミア王国に隣接する五つの王国はエンケパロス王国を筆頭に「五王国血盟」を結成した。さらに五王国の呼びかけにより、二十の国と四つの地域、七つの都市国家と六つの自由都市による「汎人類同盟」が締結され、対亜種との戦争に備えた。


 両者の戦いは一世紀もの長きに渡り、容易に勝敗がつかぬまま、ただ泥沼に足を取られるごとく、無意味に人的物的被害を拡大させていくかのように見えた。


 だが、均衡は破られた。人類の数が増え、エレミア王国を圧迫したからである。


 そもそも圧倒的少数であったエレミア王国がまがりなりにも五つの王国と渡り合ってきたのは、個々の能力が人類のそれをはるかに凌駕していたからだ。ある種族は太古の昔から存在して、神に匹敵するとまで称された力を持っているものもいた。


 そんな亜種の力をもってしても、数の圧に押され、次第に抗しきれなくなってきたのだ。人の形をした津波は亜種を飲み込み、彼方へと流してしまうだろうと思われた。


 しかしながら、状況は再び一変する。エレミアに若き女王ミラ=ダクリュオンが即位したからである。後世において、白鷺王はくろおうと呼ばれる彼女の力はエレミアの歴代王の中でも懸絶した存在であった。


 幾分誇張された伝説があるにせよ、百万の戦力を一人で相手取る力があるとまで噂され、事実、五王国による五方向からの攻め寄せた八十万の大軍は一夜にして壊滅させられたのは記録にも残っている。五王国の死傷率は八割を超えたというから、歴史に残る大惨敗であり、この大恥を隠蔽しようにも遺族の数が多すぎて、ついには事実をそのまま記載せざるを得なかったほどだ。


 大軍勢をほぼ壊滅にまで追い込んだミラ=ダクリュオンはその力ゆえ「魔王」と畏怖されるようになる。


 無様と呼ぶにはあまりにも悲惨な敗戦をきっかけに、五王国は一旦手を引き、白鷺王もまた余勢を駆って攻め込むということもなく、ほんのわずかな間だが、擬似的な平和が訪れることになった。


 一方、白鷺王の身辺は平和とはほど遠く、五王国から送り込まれた暗殺者に命を狙われる毎日であった。


 万夫不当の強者である彼女を一介の暗殺者ごときが葬れるはずもなく、どうにか五王国との和平を叶えようとしていた白鷺王がいる限り、今の平和は保たれるのではないかと思われた。


 白鷺王の治世が長く続くことを祈ったのは亜種のみならず、長い戦いに疲弊した人類もまた同じであったかもしれない。


 いくら人が大地に満ちたといっても、五王国は長期の戦争により、社会基盤が崩壊しかねないほどの財政状態に陥っていたし、五王国を支える汎人類同盟の中にも先の見えない戦争に厭戦感が蔓延してきた事情もあり、戦争継続は望むべくもなかったからだ。


 しかし、切実なる願いもむなしく白鷺王の治世はわずか三年という短さで幕を閉じることになった。彼女は凶刃に斃されたのである。


 暗殺者の名はアズハル。


 後の世においては英雄、もしくは勇者として、半ば神格化までされた男だ。


 確かに彼にはその資質があっただろう。なぜなら、アズハルには私利私欲もなく、名誉欲もなく、ただ単純に白鷺王を討てば、平和が訪れると考えていたからだ。白鷺王を討った際も暗殺できる千載一遇の状況だったにも関わらず、一騎打ちを申し出たことからも、彼の性格が愚直であったことを物語る。


 亜種が一つにまとまるための象徴でもあった王、それも将来を嘱望視された白鷺王の喪失によりエレミア王国は瓦解。なし崩し的に五王国の勝利、それはすなわち人類がこの大陸の支配者となったことを意味した。


 不都合な事実を掩蔽し、原形を留めぬほど改竄された人類側の「歴史」によれば、英雄アズハルが悪逆非道な魔王こと白鷺王ミラ=ダクリュオンを討伐したことで、人類社会に平和をもたらしたということになる。


 かくして英雄譚はめでたしめでたしで締め括られるわけだが、現実というものはもう少しえげつなく、汚いものだった。


 この後の十年は人類の負の側面が大きく出た歴史といっても過言ではない。対亜種戦争の中核を担った五王国もまた、エンケパロス王国のエウゲン王が不慮の死を遂げたことで血の盟約によって交わされたはずの同盟も瓦解することになる。


 同盟が解消されたのはエウゲン王の死によるものだけではない。そもそもの発端がエンケパロス王国の裏切りにあったのだ。


 エレミア王国滅亡後、亜種が苦心して住めるようにしたその土地は「均等に五王国に配分」されるはずだったのが、いつの間にか「国力と貢献に応じて」になっていたのである。


 盟主であったエンケパロス王国は自らの主張が正当なものとして、他の四王国との協議もなく、諸外国にも公表してしまったものだから、五王国の関係は一気に悪化、一触即発の状態になってしまった。また、汎人類同盟も自らの権利を主張し、大陸における緊張の度合いを高めていく。


 それが白鷺王の死後、三年目のことだ。


 人類社会が混迷していく一方、白鷺王を成敗したアズハルは五王国血盟や汎人類同盟に替わる新たな人類統合の象徴として祭り上げられていた。彼は神輿として担がれることを望んでいなかったが、加速度的に悪化していく情勢には目を瞑ってはいられなかったようで、和平のために奔走することになる。同時にアズハルは民の人気を一身に集めるようにもなり、為政者たちの反感を買うことにもなったのである。


「狡兎死して走狗烹らる」を地で行くがごとく、アズハルに対し、各国の対応は冷淡を極めるどころか、さらに彼を亡き者にしようと画策する始末だ。


 万策尽き、失望したアズハルは野に下り、英雄という楔を失った人類はさらなる狂乱状態へと突き進もうとしている。


 この状態を逆説的に考えるならば、亜種、いや、白鷺王の存在が巨大な箍となり、人類を統一した意思の下に集結させていたとも換言できる。そんな思考を持つものが増えたせいだろうか、一部の間では白鷺王生存説や、復活説などの流言飛語が飛び交うようになる。


 倒錯した白鷺王復活の待望論が取りざたされる中、人類は先の見えない坂道をどこまでも転がり落ちていこうとしていた。


 白鷺王の死から十年が経った。


 長い長い後日譚はここから始まる。

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