第7話:閨の会話(前)
そして、宴会も終わり、勇者と姫が初夜を迎えることになった。と、言っても、どちらも女人であることから、性交渉こそしないものの、非常に仲睦まじい会話が行われると皆、出席した公達は想像していた。だが、事実は異なる。否、仲睦まじい会話は、行われていたものの……。
(絶対衛藤聖下だと思うんだけどなあ……。いやでも、確証がない。ねだったら教えてくれるかもしれないけど、恐らく自力でたどり着いて欲しい、というのが本音なのだろう。でなくば、苗字を隠したりなどしないだろうし……)
複雑な感情で勇者を見つめる姫。そして、その姫はすぐ態度に出る程度には、幼かった。案の定、勇者はそれを指摘した。
「ねえ」
「は、はいっ!!」
「わたしはそんなに、君の想い人に似ているのかな?」
「お、想い人?」
だが、勇者の指摘方法は、斜め上であった。恐らく、姫が自分以外の誰かに懸想していると考えたのだろう、そしてそれは、間違いとも言い難かった。とはいえ、完全に正解かと言えば、また違うのだが。
「うん、君、他に恋人いるんだろ?」
「こ、恋人だなんて、そんな……」
「違うのかい? でも顔を見たら判るよ、わたしにその『想い人』を重ねていることくらい」
「へ?」
「だってほら……、瞳が潤んでいる」
「えっ」
姫の瞳は、理由も知らずに涙でにじんでいた。否、涙がこぼれていないということは、恐らくそこまで泣いているわけではないのだろうが、それにしても何らかの拍子で感極まることは、容易く想像できた。
「書が……、好きなのは申しましたよね」
「うん、さっき聞いたよ、それは」
ぽつり、と呟く姫。それは果たして、どういう意図があったからだろうか。あるいは、姫なりの探り合いだったのかもしれない。
「一番、好きな書の作者が、衛藤ヒロユキっていうんですが、いつからか、その書を書いているから作者の方が好きなのか、それとも作者の方そのものを愛し始めてしまったのか、実は、よくわからないんです」
……それは、ある種の憧れであった。まあ尤も、幼き姫である、好きの種類に区別が付かないのは、この年齢ではよくあることだ。ただ、問題は……。
「……うーん、よくわからないけど、その衛藤って人と、会ったことはあるのかい?」
「はい、何度か」
「……差し支えなければで構わないけど、どこに居るのか知ってる?」
「東京の、吉祥寺ですね。今も変わっていなければ、ですが……」
「……東京? 東にも京はあるのかい?」
……問題は、この姫の前世での逢瀬に過ぎず、この世界にその「作者」がいるかどうかは、姫にも判らなかったことだった。そして、この世界では、東にはあまり繁華した町は存在していなかった。一応、同じ国ではあったのだが、この京洛に比べれば、あまり繁栄しているとは言い難かった。まあ尤も、東の地方にも歩く以外の交通手段はあるのだが、非常に限られており、また姫はその交通手段を使う機会に恵まれなかったこともあり、東の地方から来た人物も姫の想像との落差を以て落ち込むことを憂慮したことで、あまり多くを語っていないこともあり、姫の想像する「東の地方」と、この世界の東の地方は、完全に別物であった。
「あー……、たぶん、そういうことではないと思います。……いろいろ、言うべきことはあるかもしれませんが、説明をしなければなりませんかね?」
「うーん、今はいいかな。でも、いずれ聞くべきときがあれば、また、聞くから」
「はーい」
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