【第三章:ギタリスト】
1
西日がじわじわ背中を焼く。シャッターが下りたままの通りを、ギターケースを小脇に抱えたタキがのしのし進む。
目指すのは、壁と壁のすき間に挟まれたような建物。営業中なのか、ただの廃屋なのか、見た目だけじゃ判別できない。それでも、タキにとってはれっきとした行きつけ。
「よっ、こんにちはーっ!」
ノックのくせにリズムを刻むような勢いで、木の扉を小気味よく叩く。内側から軋むような音がして、扉がぎいっと開いた。
扉の向こうに立っていたのは、いつもの彼女だった。黒のリブTに身を包み、こちらを睨んでくる。
顔立ちはやたら整っているのに、視線の鋭さで全部が台無しになっている。今日も笑わない。
「スマイルひとつ、サービスどうすか!」
タキの軽口に、即座に冷風が吹きつける。
「お断りします」
言葉より早く、店の空気がぴしっと引き締まった。
しかしタキは怯えない。というか、もはやこの流れがしっくりくる。カウンターの前までずかずか進んで、いつもの椅子に腰を下ろした。
「じゃあさ、俺の死後の死因、ちょこっとだけいじってくれない? そしたら死ねる」
「どうしてそれが交換条件になるのですか。あなたの依頼にはお応えできないと、何度申し上げればご理解いただけるのでしょう」
冷えた声に乗せて、ぴしゃりと切り返される。それでもタキは、にやにや顔を崩さないまま、ギターケースを足元に置いた。
漂う埃のにおいも、やけに味のある棚の上も、初めて来たときは不気味に感じたはずなのに、今では妙に落ち着いてしまう。骨董品とやらのガラクタたちも、見慣れてくると意外と可愛げがあるもんさ。
「もうさ、八月に突入してんだよ? シラサギさん。俺のこと、うっとうしいって思ってるならさ、そろそろ一回くらいお願い聞いてくれても良くない?」
「タキさん。あなたの死因変換は、動機が不純すぎます」
「何それ、どこがさ。詳しく語ってあげよっか?」
「いえ、遠慮します」
ばっさり切り落とされたやりとりを、タキは軽く受け流す。からかい半分、本気半分。おまけに、ちょっぴり拗ねも混じっている。
椅子からひょいと立ち上がると、手で前髪を持ち上げた。
「ねぇ、今日も俺、いけてなくない?」
額をうっすら隠す髪には、ふわりとしたパーマ。自然体を装いながら、実際には朝から鏡の前で格闘した末の仕上がりだ。片方に流れるラインにも、計算が詰まっている。
色がやや落ちたTシャツには、ゆるいプリント。古着屋で偶然出会った一点で、少し擦れた風合いが気に入っている。上に羽織ったネルシャツはぶかぶかで、袖はざっくりと肘まで。だらしなく見せるには、逆にセンスが要る。
脚を包むデニムには、絶妙な位置に穴があいている。加工品とは思えない。めちゃ強ええ敵と死闘を繰り広げて、ついに破かれた……みたいな風格がある。
くるぶしあたりで折り返した裾の先に、汚れたスニーカーのソールがちらりとのぞく。そのくたびれ具合すら、むしろコーディネートの仕上げとして計算済み。
右足首で揺れるアンクレットは、細くて二重。歩くたび、主張は控えめじゃない。
服は喋らないけど、自分の代わりに空気をつかむ。そのくらいの気持ちで今日も着てきた。
脳内の大スクリーンでは、駅前の特設ステージに人だかり。ざわつく観客の視線が、すべてタキに向けられている。
パーフェクトすぎて、むしろ照れる。仕上がりが神がかっている。
あごの下に片手を添え、指をふにゃっと折り曲げる。何を表現したいのかは本人にも説明できないが、このよくわからなさが今の気分にちょうどいい。キメてるのか気が抜けてるのか、見る人に判断を委ねるスタイル。
表情はできる限り自然を装い、視線は遠くのファンへ投げる。もちろん、全部脳内の話。
気合いが入りすぎて、知らぬ間に背中が反っていた。体幹がぷるぷる震えている。けれど、そのぐらいの努力は当たり前。筋肉痛に屈しない者こそ、伝説のギタリストにふさわしい。
「ノーコメントで」
その場に現実を叩きつけたのは、やはり冷ややかな声だった。
一気に空気が極寒だ。タキはポーズを崩さず沈黙を続けた。三秒。五秒。七秒。もはや耐久レース。
「――ガクッ」
ついに崩れ落ちた。派手なポーズから勢いよく地面へ突っ伏す。本人いわく、笑いを取るための演出ではない。けれど、タイミングの妙で完全にコントだった。
床と顔を近づけたまま、上目づかいで天井のあたりをにらむ。
「ひどくない!? せめて前髪に努力は感じたとかさ、そういうの、ひとつくらいあってもいいでしょ!」
全力の抗議もむなしく、カウンターの奥では視線すらもらえない。返事どころか気配さえ感じない。
それでもタキは、しぶとく立ち上がる。次は「自己紹介やり直し」と称して、ポーズと台詞を新たに組み直す構えだ。
この場で伝説を刻むまで、しつこさだけはフルスロットルでいくつもり。
「ま、いいってことよ。改めて依頼ってことで! 俺はタキ、十九歳! ギター命! あと、彼女は絶賛募集中!」
「必要ありません」
「聞いてよっ! 泣いちゃうよ!? ……はい、テイク2いきまーす。俺はタキ! 伝説のギタリストに片足突っ込んでるくらいの、まあまあすごい男!」
「それ、百万回聞きました。オーディション、落ちたんですよね? しかも、かなり派手に」
「うわーっ、刺さるー! 言い方ァ! まあ、事実だけど! でも聞いて? あの発掘プロジェクトだよ? 俺、最終選考まで残ったんだよ? 女社長から『君をメンバーにします』って言われたんだよ?」
勢いでガッツポーズ。勝ち誇った顔でカウンターの向こうを見たが、そこには動かざる壁のごときシラサギさんがいた。目すら合わせてくれない。
「……が、しかし! そのあとがすごかった。女社長、次にこう言ったんだよ? 『メンバーにする代わりに、私の恋人になって』って! 何それ! 俺、心の中で叫んだもん! 地獄、到来!って! あのとき録音してたら、ネットの海でバズってたって。もはや大炎上して、炭どころか灰にもならなかったはず!」
「その後も、オーディションを転々とし、動画投稿も始められましたが、どれも大きな成果には至らず。つまり、ギターの才能は──」
「やめてっ、シラサギさん、それ以上は!」
「すべて、ご自身で語られた内容です」
ぴしゃり、と刃物のようなトーンで斬られた。タキは肩をがくりと落とし、カウンターに体重を預ける。ついでに深呼吸。からの、ため息。わざとらしく、声に低音を混ぜて。
「だからさ、一回くらい死んで伝説になって、世間を見返してやりたいんだけどなぁ……」
ぽろりとこぼれたひと言。ふざけてるつもりだったのに、思っていたより力が入っていなかった。気づけば、口の外に出ていた。
向かいの少女は何も言わなかった。ゆっくりと帳面を開いて、あるページに指を止めた。
タキは、その手の動きが気になって仕方なかった。
【其の三 依頼できる者】
・故人の家族、親族
・故人に対して特別な感情を抱いていた者
その項目を、シラサギさんは逃さず指し示した。
「よろしいですか、タキさん。『故人の家族や親族、もしくは特別な感情を抱いていた方』のみ、依頼が可能です。あなたのような本人からの申し出は、対象外となります」
「……それ、もう耳にタコ。けどさ、反論あるよ?」
タキはカウンターにぐっと身を乗り出し、帳面に伸ばした指で、別のページを開いた。
【其の一 この店について】
・この店を見つけられるのは、「強く死因の変換を望む者」のみ。
指先でその一文をなぞり、にんまりとした顔を作る。
「俺、ここに来れたよね? ってことは、強く望んでるってことでしょ? そっちが『来れた人限定』って言うなら、来れた人の願いは聞くべきじゃない?」
理屈の押しつけがましさには、やや自信がある。けれど、カウンター越しの少女の視線は一切揺れなかった。
「他にも、あなたの依頼を受けられない理由はあります。『依頼には理由の聞き取り審査がある』と明記されています。審査はすでに終わっており、結果はお伝え済みです」
またそれか。ぴしゃりと断たれるたび、どこかで引っかかっていたものが少しずつ外れていく気がした。
今日も、ダメだった。なんやかんやで一時間くらい粘ったけれど、シラサギさんの「できません」の一点張り。
それでも、内心ではうすうす感じていた。彼女の言っていることは、筋が通っている。無理を言ってるのは、間違いなく俺だ。
それなのに、ここにいると不思議と落ち着いてしまう。冷たくされてるはずなのに、雑な扱いではなかった。
ちゃんと話を聞いてくれるし、言い分にも理屈があった。下手な慰めより、ずっとまっすぐだった。
「じゃ、また来るわ。夏風邪ひくなよ、クールガール」
そう言い残して、タキはドアを押した。ギターケースの金具が、かしゃんと揺れる。
そのすぐあとに、鈴がひとつ、控えめに鳴った。
ちりん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます