004 懈怠
羽田までタクシーを呼び,エレベータで車寄せの階まで降りる際,私は旧友に連絡を取ろうとする.高校の文化祭で甘い思い出があったくらいだが,卒業以降会ったこともないが,心のどこかで信頼を置いている旧知の中であった.
「久しぶり.今日から京都帰ろうと思うんだけど,どこかで久々に会わない?」
「え,うそ.久々じゃん.ちょっと待って,時間見て後でかけなおすわ」
博美は1回の留年ののち,大学院に進学した.現在は半導体製品の開発を行っているようだが,難しいことはよくわからない.彼女のことはよくわからない.世の中への反骨精神が激しかった私のそばにいてくれた数少ない友人の一人であった.
青かったころの思い出を想起する中で,エレベータは車寄せの階に到着した.車はもう到着しているようで,画面を見せると扉が開く.
「お客さん.羽田はどちらのターミナルですか?」
「第1です」
「かしこまりました」
どこへ行くだとか何を食べるかだとかそんな会話を続ける中で,小気味のいい会話に少し安らぎを覚えていた.聞くと私よりも年下のようで,車好きが高じて運転手をするようになったという.会話の中で電話が鳴る.
「ちょっと失礼します」
「もしもし博美?」
「ごめん遅くなって.んでダブルでごめん.空いてるの今日しかなかったわ…明日から沖縄で学会だわ.」
「牡蠣の缶詰になってくるのね」
「そゆこと.昼からでもいい?」
「12時にはつくと思うからランチ食べながらでも?」
「オーケー.じゃあまたついたら連絡して」
電話を切ると運転手が会話の続きを求めてきた.
「仲いいみたいですね」
小気味いい会話に任せて私は中学から続く友情について小一時間話してしまった.通っていた中学受験塾で成績を競い合っていたころ.中学で席が横になったこと.博美が2つ上のアメフト部の先輩に恋をしていたこと.私がその先輩に声をかけられて一時絶交状態となったこと.一緒にその男を振ったこと.別々の大学に進学することになったこと.思ったよりも彼女との思い出は鮮明に記憶していたようだった.
「俺この仕事する前大学いたんですけど,そんな仲いい友達いなかったですよ.ヨッ友くらいで」
彼も彼で苦労人のようだった.海外旅行客のチップ目当てで外国人がいそうな場所を狙って運転をしているよう.
そんな会話を続けていたら,高速を通って羽田まで到着した.楽しい時間へのお礼として私は,彼ーEitaroに少しばかり気持ちを残してゆくことにした.
「お代はカードから頂戴いたします.こちらもありがとうございます.また機会あったらよろしくです」
友人のテスラを充電すること以外に車で来たのは久々だ.昨日も帰国と同時に来たのだが,自分でもなぜここにいるのかがよくわからない.これから自分がしでかそうとしていることに対して,あまり実感を持てない.焦り.内外を隔てる境界を越えたとき,変化を実感して鼓動が高まる.
いつも通りだ.インフォメーションセンターには数人の旅行客がおり,ホテルチェーンのブースには誰も人がいない.土産物を買う雑踏を超え,2階の出発ゲートを目指す.
保安検査を数分で済ませ,土産物を見る人たちを観察しながら歩いていた.16番ゲートを目指すとすでに搭乗がはじまっていた.Group3以降の搭乗案内が始まっていることから,大多数はもう搭乗しているようだ.
雑踏に交じって機体に乗り込むと,いつものお姉さま方からいつもの挨拶.本格的にこの航空会社を使い始めたのは知人の入社以降のことであるが,客室を担当する人間に男性がいないことに気づいた.
「これがガラスの地下室か」
特段の荷物もないので,シートベルトを腰の低い位置に締めると,早々に意識を失っていた.入眠の間際,家族で行ったハワイ旅行を思い出していた.この旅は私にとって,過去の思い出を清算するものなのかもしれない.
次に目を覚ましたとき,ランディングの瞬間だった.大阪国際空港伊丹への旅は乱気流によってそこそこ揺れたものだったらしいが,時差ボケの影響かゆりかごに揺られているような体感だったようだ.
半分の意識を有する中,電話しなくてはならなかったことを思い出した.ぼやける視界.小さなアイコン.6コールののち,博美が出る.
「関西到着.出汁の香りがするね」
「きっと明石焼きかな.でも私久々に寺町のお好み焼き食べたい」
かつて夢を語り合った小汚いお好み焼き屋,私もそんな気分になる.大いなる意思を成し遂げるにふさわしい.戯言半分近況を少し.会話は途中からメッセージに移行したが,そのまま河原町の駅まで会話は続いた.
(懐かしい…)
私がこの街を離れた時,今と比べてこれほど海外旅行客は多くなかったはずだ.四条通を西へ進み,寺町通りを市役所方面に進み,六角公園に彼女がいた.
「久しぶり.元気してた?」
コールドブリュー 石楠花 @pseudouser
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