時に移ろぎ……

燈蒼

もちろん

 俺は……生まれつき病気を持っていた。持病というやつだ。

 今までそれを深く考えたことはなかったがそれは悪化しない限り死にはしないらしく悪化することもそうそうない病気だと言われていたからだ。

 だが今は考えさせられていた。その理由は当然持病が悪化したから。

 俺は死に装束になるだろう白い病衣に身を包まされ、病院の無駄に柔らかいベッドに寝かされていた。

 そこまで死の淵という気はしない。

「や、裕也、死ぬんだって?」

 声の主は俺が十年程思いを寄せ続けている幼馴染、前橋優花。

 軽い口調だがこれは癖だ。人や自分が暗いときは軽い口調で安心感を与える。

「……優花、俺が死ぬ前に、言っておきたいことがある。聞いてくれるか?」

 優花は言葉で返すこともなく近くの椅子に座った。

「……ずっと好きだった。俺が死ぬまで、付き合って欲しい」

 少し目を見開くとすぐに笑みに戻り、優しく俺に抱きついた。

「…………死ぬまでじゃなくて、死んでも」

 …………泣いているのかもしれない。優花は優しい。それは別に好きってわけでもないであろうただの幼馴染にこんなことを言ってくれるほどに。

「……ありがとう」

「私も、ずっと好きだったよ。この一週間を、彼女との最高の思い出にしてあげる」

 確実に泣いた。優花はほとんど嘘をつかない。たまに冗談を言うことはあるがすぐに本当のことを言う。

「……じゃあ、何かしたいことある?」

「……そうだな……特にない。正直俺はまだ死ぬ気なんてないからな」

 優花が持ってきていたバッグの中を見る。何かをとりだすかと思ったが不意に顔をあげて俺の目を見つめてきた。

 思わず目をそらしてしまう。

「……そういえば、カップルらしいことをしてなかったね」

 ……カップルらしいこと……か。デートとか?

 だが出来ても院内デートが限界な気がする。

 優花が俺の頬に触れ、目を合わせた。だんだんと顔を近づけ、唇を薄く開いたところで俺も理解して目を閉じる。

 柔らかく甘い唇が触れ合って近づいた優花からいい匂いがした。

 感覚としては一時間ほどこうしていたのではないかと思うが実際にはそこまで経っていないのだろう、カルテか何かを抱えながら右手を口の前に持ってきてにこにこした看護師に見つかってしまう。

 はは、気まず。

「あなたたち初々しいねー。これお薬ですから飲んでおいてくださいね」

 数粒の錠剤と水の入ったコップを置いて帰った。

 とりあえず薬を飲もう。

「……なんだか恥ずかしいね。えーっとえっと、(口癖)あ、そだ、トランプ持ってきたんだよ。せっかくだしやろ」

 薬を飲み込む。

「うげぇ、トランプか。優花は強すぎるんだよ、本当に勝てる気がしない」

 俺はビデオゲームは得意だがアナログゲームは別に得意でもない。

「よっしやろう。私が裕也に勝てることなんてそう多くないからね」

 確かに俺に出来ないことは優花が大抵出来るし優花が出来ないことは俺が出来る。

 そしてババ抜きが始まった。


 当然ボロ負け。

 そこから余命一日に到達するまでボードゲームを持ってきたりだいぶ前のアルバムを持ってきたり昨日は指輪を持ってきて婚約指輪だと言ってきた。俺は考えるまでもなくスピード結婚を決意した。

 今俺の薬指に少しだけ浮いているが指輪がはめられている。

 どこで手に入れたのか分からんがきれいな金属のリング。見ているだけで泣きそうだ。

 今日も今日とて優花はやってきてようやく俺の得意なゲームを持ってきていた。

「なんだ、ようやく俺が勝てるもんを持ってきたのか」

「……裕也、今体の調子は?」

 悲しみと笑みを混ぜたような微妙な表情を作った優花。

「……かなり弱ってる。死にそうだとは思うくらい」

「その状態で私に勝てるのかなぁ。これはチャンスだと思わない?」

 確かに俺の手は思うように動かない。しびれるような感じもするがもはや感覚がないのだ。俺の死期は確実に近づいている。

「実力で黙らせてやるよ」

 その後、見事なまでに敗北した。

「裕也…お願いだよ…死なないで…………! どうして裕也が死なないといけないの……? 誰か裕也を助けてよ…………!」

 優花は俺に抱きついていきなり泣きだす。

「俺も、限界まであがいてみせるさ」

 俺は優花を安心させるべく抱き返してそんな強がりを見せた。だが実際のところもう死ぬ気がする。

 今日もわずかな体力で薬を飲む。

 優花は離れて涙をぬぐう。

「裕也はこの一週間、幸せだった?」

 その回答は当然決まっていた。

「ああ、幸せだった」

 優花は俺の手をとって私も、と告げて穏やかな笑みを見せる。

 このまま緩やかに死にゆくと思っていた。正直最愛の人に看取られて死ぬならそれだけでも幸せだ。


 数日後、俺は優花と気まずい再会を果たすことになるのではと思っていた。

 そう、俺は生き残ったのだ。薬がギリギリ効いたらしい。

 優花が病院へやってくると真っ先に大粒の涙を流して抱きついてきた。泣きながら俺の生還を喜んでくれたのだ。

「優花、改めて、結婚しよう」

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時に移ろぎ…… 燈蒼 @hiao

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