『俺達のグレートなキャンプ5 戊辰戦争講義』

海山純平

第5話 俺達のグレートなキャンプ 戊辰戦争講義

「よーし、今回のグレートなキャンプはここに決まりだ!」

石川が地図を広げ、指差したのは山梨県の清里高原にある小さなキャンプ場だった。標高1,400メートル、八ヶ岳の麓に位置する自然豊かな場所。

「おー!いいじゃん!」千葉は目を輝かせた。「山梨って初めて行くかも」

「まぁ、場所はいいけど…」富山は腕を組み、石川を疑わしそうに見つめた。「今回の『奇抜でグレート』な企画は何よ?前回の『真夜中の昆虫採集大会』は正直キツかったんだけど…」

石川はニヤリと笑い、バックパックから一冊の分厚い本を取り出した。表紙には『図説 戊辰戦争』と書かれている。さらに地図や資料のファイルまで持ってきていた。

「今回は…『石川の戊辰戦争講義キャンプ』だ!」

富山の顔から血の気が引いた。千葉は「へぇー!」と興味深そうに本を覗き込む。

「は?キャンプで歴史講義?冗談でしょ?」富山は頭を抱えた。

「いや、マジだよ!」石川は胸を張る。「キャンプって言ったら夜の暇つぶしが大事じゃん。焚き火を囲みながら、俺の超白熱戊辰戦争講義を聞くんだよ!グレートじゃん?」

「うん!面白そう!」千葉は躊躇なく賛同した。

「あんた、そもそも戊辰戦争に詳しいの?」富山は半信半疑だった。

「この一週間で猛勉強したから!」石川は胸を叩いた。「幕末から明治への転換期、徳川幕府と新政府軍の戦い、日本の運命を決めた戦いだぞ!」

富山はため息をついた。「なんで普通に花火とかBBQじゃダメなの…」


週末、三人は八ヶ岳の麓にあるキャンプ場に到着した。周囲には他にも何組かのキャンパーがいて、静かに各々のサイトを設営している。

テントを張り終え、夕食の準備を始めた頃、石川はワクワクした表情で言った。「今夜は焚き火を囲んで、戊辰戦争講義スタートだ!」

富山はため息をつきながらも、焚き火の準備を手伝った。「本当に誰も聞きたくないと思うよ…」

「俺は楽しみだよ!」千葉は石川にハイタッチを求めた。「歴史って学校では眠かったけど、キャンプの焚き火を囲みながらなら違うかも!」

日が落ち、辺りが暗くなると、三人は焚き火を囲んで座った。石川は意気揚々と立ち上がり、本と手製の地図を広げた。

「さぁ、始めるぞ!戊辰戦争講義、第一回!」石川は大きな声で宣言した。「まずは時代背景から!江戸時代末期、1853年のペリー来航により日本は開国を迫られ、国内では尊王攘夷派と開国派の対立が激化!」

石川は手製の年表を取り出し、力強く指し示した。

「1867年、第15代将軍・徳川慶喜が大政奉還で政権を朝廷に返上するも、薩摩藩と長州藩を中心とする勢力は『王政復古の大号令』で新政府を樹立!慶喜は恭順の意を示すも、旧幕府勢力と新政府軍の対立は解けず…1868年1月3日、鳥羽・伏見の戦いで戊辰戦争が勃発したのだーっ!」

石川は身振り手振りを交えながら、声色まで変えて熱弁をふるった。

「新政府軍は『錦の御旗』を掲げて天皇の名のもとに戦い、旧幕府軍は『恭順』か『抵抗』かで分裂!」

千葉は真剣に聞き入っていたが、富山はうんざりした表情だった。

石川の熱のこもった講義が始まって15分ほど経った頃、隣のサイトからおじさんが一人やってきた。

「すみません、なんか楽しそうだったんで」おじさんが恐縮しながら言った。「戊辰戦争の話ですか?」

石川は目を輝かせた。「そうです!興味あります?」

「実は歴史好きでして」おじさんは照れくさそうに笑った。「一緒に聞いていいですか?」

「もちろん!」石川は喜んで場所を作った。「ちょうど江戸城無血開城の話をしようとしてたところです!」

富山は目を丸くした。まさか本当に聴衆が増えるとは。

しばらくすると、さらに別のサイトからも若いカップルが寄ってきた。

「すみません、戊辰戦争って聞こえてきて…彼が歴史オタクなんです」女性が言った。

「どうぞどうぞ!」石川はさらに嬉しそうに席を作った。

富山は呆然としていた。「まさか…」

石川は手作りの戦況図を広げながら話を続けた。

「江戸城無血開城後、戦いは東北へ!奥羽越列藩同盟が結成され、会津藩や庄内藩などが新政府軍に抵抗します。ここで重要なのが、旧幕府の海軍を率いて箱館五稜郭に籠もった榎本武揚と土方歳三率いる旧幕臣たち!」

石川は持参した絵図を掲げ、「新選組副長・土方歳三は胸に穴を開けられながらも、最後まで戦い抜いたんだ!」と声を震わせた。

聴衆は徐々に増え、気がつけば周囲のキャンパー10人ほどが石川の周りに集まっていた。質問も飛び交い、時には歴史に詳しいキャンパーとの間で熱い議論が始まることもあった。

「いや、会津藩白虎隊の悲劇は違う視点から見ると…」

「榎本武揚が函館に共和国を作ろうとしたのは…」

富山は信じられない光景に茫然としていた。「何これ…マジで盛り上がってる…」

千葉はクスクス笑いながら、「石川って不思議な引力があるよね」と言った。

石川は興奮して立ち上がり、「会津戦争は悲劇だったんだ!白虎隊の若者たちは飯盛山で自刃!会津藩は籠城一ヶ月、食料も弾薬も尽きて降伏!新政府は会津を『朝敵』として厳しく扱い、領地は没収、松平容保は蟄居処分!」と熱っぽく語った。

隣のサイトのおじさんが「実は私、会津の出身でして…」と話し始め、自分の先祖が会津戦争に参加していたという話まで飛び出した。

夜も更け、講義は白熱の最終章を迎えていた。石川は立ち上がり、焚き火の光に照らされた顔で叫んだ。

「そして最後の戦場、箱館五稜郭!榎本武揚と土方歳三たちの最後の抵抗!1869年5月、函館戦争で敗北し、戊辰戦争は終結!江戸から明治へ、武士の時代から近代国家へ、日本は新たな時代へと突入したのだーっ!でも面白いのは、後に榎本武揚は許されて明治政府の海軍卿になるんだよね!敵だった者同士が手を取り合って新しい日本を作っていくんだ!」

拍手が沸き起こった。隣のサイトのおじさんは感極まって涙を拭っていた。

「素晴らしかった!特に東北戦線の話は詳しくて感動した!久しぶりに歴史の面白さを思い出したよ」

石川は満面の笑顔で頭を下げた。「ありがとうございます!次回は明治維新後の西南戦争も準備しますね!」

人々が自分のサイトに戻り始めると、富山は呆れた表情でため息をついた。

「信じられない…本当に成功するなんて。でも会津の話は私も知らなかった。白虎隊の少年たちが自刃したって本当に悲しいね…」

石川は頷きながら「だろ?歴史って面白いんだよ。勝った側の歴史だけじゃなくて、負けた側の物語も大切なんだ」と言った。

千葉は「僕も土方歳三がカッコよく感じてきた!次は新選組について詳しく知りたいな」と目を輝かせていた。

翌朝、三人が朝食を取っていると、昨夜の聴衆だったキャンパーたちが次々と挨拶に来た。

「昨日はありがとう!子供が歴史に興味を持ったみたい」

「次はいつキャンプに来るの?また話聞きたいな」

石川は嬉しそうに応じていた。サイトを片付け始めると、キャンプ場のスタッフが近づいてきた。

「あの、昨日の歴史講義のグループさんですよね?実はうちのキャンプ場、毎月イベントをやってまして…もしよければ定期的に歴史講義イベントをやっていただけないでしょうか?戊辰戦争だけでなく、幕末から明治の流れを通して話していただけると…」

富山は口をぽかんと開けた。「マジで?」

石川は大喜びで「もちろんです!次回は西郷隆盛と明治政府の対立、西南戦争について準備します!」と即答した。

帰り道、車の中で石川は次回のテーマについて熱く語っていた。

「西南戦争は薩摩出身の西郷隆盛が、かつての同志だった明治政府に対して起こした最後の内戦なんだ。士族の反乱の最終章!明治10年、1877年の話だよ!」

富山は半ば呆れ、半ば感心した様子でハンドルを握っていた。

「まさか石川の突飛な企画が、キャンプ場の公式イベントになるなんてね…しかも私も歴史に興味が出てきちゃった」

千葉は後部座席から身を乗り出してきた。「だから言ったじゃん、『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる』って!特に会津藩の白虎隊の話とか、胸に迫るものがあったよね」

石川はノートに次回の講義内容を書き込みながら言った。「次は明治維新と西南戦争だな!資料集めないと!特に西郷と大久保利通の友情と対立の話をしっかり準備しないと!」

富山はクスリと笑った。「もう止めないよ。次はちゃんと準備して、私も『富山の幕末女性史』とかやってみようかな。篤姫とか、お龍とか」

「おー!それグレートじゃん!」石川が目を輝かせた。「歴史講義キャンプ、次回作も決定だ!」

三人の笑い声を乗せた車は、次なる奇抜でグレートなキャンプに向けて、高速道路を駆け抜けていった。

【終】

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『俺達のグレートなキャンプ5 戊辰戦争講義』 海山純平 @umiyama117

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