バーリトゥードスタイル短編集

雑踏

荒っくれ!

 満月へと架かる一条の紫煙が微風そよかぜに掻き消されるのと同時、男は視線を横に逸らした。無人の通りをこちらの方へと歩いてくる奇抜なスタイルの男。距離にして約20ヤード先。

 顔は月夜を見上げたまま、引き続き視線だけで男の身なりを確認する。

 奇妙なデザインの濃紺色のローブ、腰から足元まで伸びるいわゆるソムリエエプロン、干し草で編まれたサンダルのようなものを履き、頭には同じく干し草で編まれた、まるで平たい皿をひっくり返したような形のストローハット麦わら帽子。向かって右側、エプロンの帯紐に差す形で、僅かに反ったような剣が二本。ロングとショートが一本ずつ。

 男は吸いさしのタバコを踏みつけると、ブリムの奥に笑みを滲ませ、一歩踏み出した。

         ✕        ✕

         ✕        ✕

 道の少し先で、奇妙な身なりの男が夜空を仰ぎ見ていた。紙巻きの煙草を咥えている。道端の柱に背中を預け、組んだ手には煙草の袋とマッチの箱。距離にして、十けんあまり。

 笠の縁で視線を隠し、男に悟られぬよう努めて慎重に身なりをあらためる。

 おくみに留め具を施した半着、その上から更に丈半分ほどのなめし革の羽織。股引は金具を施した革の帯で締められ、烏皮履くりかわのくつと足袋を合わせたような履き物、首には手拭いを巻き、頭には羽織や帯と同じく牛の革をなめした帽子、腰元にあてがわれたやはり革製の帯執おびとりは手の平ほどの大きさの袋になっており、手に握り込めるほどの何かがはみ出ている。

 まるで牛そのものを着たような男だ、と笑いそうになるのを、男はぐっとこらえた。

        ✕        ✕

        ✕        ✕

 僅か20mばかりの距離を挟んで、二人の男が対峙していた。

 片や時代劇風のサムライ。片や西部劇スタイルのガンマン。

 風貌や歩き方に至るまで正反対の両者だが、そのどちらもが果たして〝お尋ね者WANTED〟。

 互いの表情は三度笠やカトルマンハットに隠されて分からない。二人の男は無言のまま距離を縮めていき、そして、すれ違った。互いに歩みを止めず、一歩、二歩、三歩。

 瞬間、二人の男は自身の得物をホルダーから抜き──果たして、決着はほんの数秒だった。

 刀を鞘ごと引き抜いたサムライが、まるで這い蹲るように低い姿勢をとったのと同時、ガンマンが半身を開いた姿勢のまま銃爪ひきがねを引いた。立て続けに三度。

 僅かばかりに抜かれた刀身に三発の銃弾が写し出される。サムライが刀を鞘に納める。と、三発の弾丸は六発に増え、そして、あらぬ方向へと跳んでいった。不可思議な光景に思わず上げていた口角と眉尻を落とし、何言うでもなく銃爪を引く。しかし結果は同じ。発砲音と同時にサムライが刀を鞘に納めれば、弾丸は数を増し、そして何処かへ消える。

 そんなことを都合六発繰り返した後、ついには火薬の炸裂音さえも消えた。弾切れだ。舌打ちするガンマン。この契機を逃すまいと低い姿勢そのままに勢いよく迫るサムライをガンマンは見下すように笑った。銃口を向け、人差し指に力を込める──

 無音のままに開けられた肩や腹部の風穴。吐き出した血が足元の血溜まりに跳ねる。

「引っかかったな! 本命はだバーカ!」と大口を開けて笑うガンマン。途切れる意識の中で、倒れまいと反射的に地面にいた刀が〝カチン〟と音を立てて納められた。

        ✕        ✕

        ✕        ✕

「──対象A、および対象B、共に沈黙を確認」

『おうおうおう、こりゃまた派手に殺り合ったナァ~~~』

 網膜に投影された半官honorが、血の海の中で向かい合わせに倒れ伏す二人の男の姿に眉根を寄せる。が、片膝を立てて胡坐あぐらをかいた姿勢や、片肌を脱いで露わにした右肩をガベルで叩くのをやめない辺り、その表情に比べて内心は大層穏やかなものだろう。彼がガベルで肩をトントントンと叩くたびに、手首から胸かけて描かれた桜吹雪の彫り物がそよぐ。

『不意打ち、闇討ち、騙し討ち。死んだふりに敵前逃亡に、果てには意気投合、結託して御白洲ウチへ突貫……という事態も予想していたが、まさかの大穴〝共倒れ〟とはな』

 僥倖僥倖、と呟く半官に相槌を打ちつつ、では、と話を切り上げる。

「これより魔導芸具アーティファクト『妖刀・死の音』及び『魔銃・シューダンShoot damn!』回収作業に入ります」

『おう、気ィ付けて帰ってこいよ。そいじゃ』

 フランクな〝通信終了〟の後、振り下ろされたガベルの音とともに映像が遮断される。後に残された静寂の中に、口無しの二人を見つめるカラスが一羽──

 二つと一羽の頭上に広がる夜空が〝ばさり〟と落ちて、彼らの上にはためき落ちる。

 やがて一葉の〝夜〟は二人の解死人も、血の海も、暴れるカラスすら呑みこんで中空に捻れ上がると、フード付きの赤い外套を羽織った一人の男の形を成した。

「魔導芸具回収完了──〝レッドフード〟これより本部に帰還します」

 男は「べっ」と吐き出されて飛び去るカラスを余所に、路地を抜けて人混みに消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バーリトゥードスタイル短編集 雑踏 @Traffic0606Jam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ