十二花月のセツナ

詩一

第00話 【花来雪那】曲げられた戦い

 僕の目には、白刃が花札を切り裂こうとしているように見えた。

 振り被られた刀の切っ先には、蛍光灯の白色をすべて集まっている。刀を持つ男の瞳が無機質さを保ったままギラッとたぎる。この大人は、法律だとか道徳だとかと言うものを置き去りにして、いとも簡単に刃を振り下ろしてしまえる。そう、子供の僕でも理解できてしまうほどに、よどみのない所作だった。しかしその直下に居る、桜柄の羽織を着た赤髪の少年は自分の手札をじっと見つめたまま。気付いてないのか、刀の下から動こうとしない。純粋に勝利への算段を立てているように見えた。

 試合は終盤。師走しわすだ。少年の対戦相手である僕の父の勝利は目前だった。父さんの背中越しに手札が見える。【すすきに月】がある。勝てる。

 父さんが取った札には【菊にさかずき】がある。二つを合わせれば≪月見で一杯≫の役が成立する。点数的にリードしている父さんは、上がることさえできれば役はなんだっていい。

 父さんが座布団に座ったまま首だけをこちらに向けた。

 額には汗を滲ませている。


雪那せつな。勝負事で大切なのは勝ち負けじゃあない」


 父さんは意味深なことを口走る。どういうわけか胸が騒いだ。


「本当に大事なことは、戦いのあとになにを得て、なにを失うかだ」


 父さんは固い頬を無理矢理つつき割るように口角を上げた。それが今の父さんにできる精一杯の笑顔なのだろう。そんな作り笑顔、見たことがなかった。胸のざわめきは温度を落として、心臓は一塊の氷となり、指先の感覚はなくなった。

 父さんは【芒に月】を場札の【芒のカス】に叩き付ける。パーンと乾いた音が畳の上を走り天井に舞い上がった。続いて山札から〔カス札〕を引いて場に置いた。取った二つの札を自陣にいれる。

 父さんが勝ちの権利を得た。このまま終われば——


「こいこい」


 冬。外では雪が静かに降りていた。白刃に捻じ曲げられた戦いを白い静寂が包み込んでいく。

 こうして僕は父さんを奪われた。桜柄の羽織を着た赤髪の少年——桜堂おうどうばくに。

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