未定
@yomuyorikaku
第1話 秘密の由来
「ふゆちゃん、俺の名前の由来って何?」
夕飯のハンバーグを口いっぱいに頬張るあーくんに突然聞かれた。
「え?何、なんて言ってるか分からない。食べながら喋らないでっていつも言ってるでしょ。」
まあ本当は大体はなんて言ったか聞こえたけど。遂にこの時が来たのか。いつかは聞かれると思っていたけどまさか今だとは思わなかったなぁと洗濯物を畳みながら眉間に皺を寄せる。
「だーかーらー俺の名前の由来ってなーにーって聞いてるんだよ。あゆこ先生からの宿題なんだ。」
口の中のハンバーグをすっかり飲み込んだあーくんが今度ははっきりと鮮明に答えた。あーくんっていうのは息子のあだ名だ。生まれた時からみんなにあーくんあーくん呼ばれているせいで今ではすっかりあーくんが名前みたいになっている。あゆこ先生ってのはあーくんの担任の先生で細い縁の丸眼鏡に肩よりも長い髪をシュシュでいつも縛っている感じのいい先生だ。ちなみにあーくんはあゆこ先生のことが大好きでよく話に出てくる。
あーくんは私をママでもお母さんでもなくふゆちゃんと呼ぶ。旦那の真似をし出したのが始まりでそれからはなんとなくふゆちゃんが定着した。
「さくらは春生まれで桜が咲く頃に生まれたからで、にこちゃんは二月五日生まれだからにこなんだって!」
あーくんは楽しそうにクラスの子の名前の由来を披露し出した。小学校に上がって三年経つあーくんはどうやら女の子の友達が多いらしい。いつも話に出てくるのは女の子ばかりだ。最初は男の子とも仲良くできているか心配していたけどあーくんはそんなこと気にもしていないしあまりにも毎日楽しそうに学校に行くからもう気にしていない。本人が悩んでいないことを周りが気にしたって仕方ない。
「俺の名前ってふゆちゃんがつけたの?それともパパ?」
ちなみにあーくんは父親のことはパパと呼ぶ。「私よ。いい名前でしょ?我ながら結構自信作なんだけどあーくん的にはどう?」
今度はお皿を洗いながらあーくんに聞いてみた。ハンバーグの油とデミグラスソースがベッタリとついたお皿はすぐに洗ってしまわないと大変なことになる。食後の皿洗いはトップスリーに入るくらい嫌な家事だが乾いてカピカピになった頑固な汚れを必死に擦るのはもっと嫌なのでさっさと済ますことにしている。だからハンバーグとカレーとグラタンの日はお皿を洗うことを考えて作る時から勇気がいる。
「どうって、別に嫌じゃないよ、てかめっちゃじがじさんするじゃん。」
あーくんは最近、今まで使ってなかった言葉をよく使うようになった。どこで覚えてくるのか結構難しい言葉を使う時もあるからびっくりする。多分小学校で友達の影響で覚えたのだろう。子供の成長は目まぐるしく早いなと最近思う。
「嫌じゃない?あっくん今自分の名前嫌じゃないって言ったわね?てことは好きでもないってことなのね。」
眉を八の字にして顔の全パーツを使ってSADを表す。私がいつもこの顔をするとあーくんは焦って必死に弁解しようとする。その姿が旦那にそっくりでとても愛くるしいのでついついやってしまう。「べ、べつに好きじゃないとは言ってないよ。生まれた時からこの名前だし好きとか嫌いとかわかんないってだけ。」
案の定焦ったあーくんは困ったような表情でボソボソと言葉を並べている。まったく可愛いヤツめ。
「それもそうね、じゃああーくんが知りたがってる名前の由来とやらを教えてあげようじゃないか。」
「え!ほんとに!」
皿洗いを終えた私と優雅にテレビを見ていたあっくんはリビングにあるソファにほぼ同時に座った。
「あっくんの名前はね、私が大好きだった男から取った名前なのよ。」
あっくんの目が一瞬点になる。何を言っているのか分からないといった表情でこちらを見ている。
「それってパパのこと?だけどパパの名前はコウイチだし俺の名前とは全然違うよね。」
どうやらあっくんはパパのことだと思っているらしい。まあ無理はない。
「違う違う、パパとは違う男よ。」
「ふゆちゃん、もしかしてそれってうわき?ふりん?ってやつじゃない?パパにバレたらやばいんじゃない?」
この家には私とあーくんしかいないのにヒソヒソと声を顰めてそんなことを言うあーくんを見てついニヤニヤしてしまう。
「ふゆちゃん、笑い事じゃないよ、パパはこの事知ってるの?」
「知ってるも何もそれがいいと思うって後押ししてくれたのはパパよ。パパのその一言で私はあーくんの名前を決めたのよ。」
「じゃあパパもやばいんだ、ふゆちゃんの元彼の名前を自分の子供につけるのをそれがいいと思うなんて言えちゃうパパは多分普通じゃないと思うよ、」
あーくんが私の“愛した男“を元彼だと思っていることにびっくりして慌てて訂正する。それにしても今どきの小学三年生は浮気や不倫、元彼なんて言葉も知っているのか。大したもんだ。
「愛した男っていうのは元彼じゃないから。そこまでいうならしてあげよう。私が愛した男の話を。」
「えー、別に聞きたくないからいいよ。」
なんて言いながらテレビの世界に戻ろうとするあっくんを明日のおやつとして買っておいたアイスで引き留める。
「これ食べながら私の話を聞いてちょうだい。いつかはあーくんに
話したいと思ってた話なの。」
あーくんはアイスに夢中で仕方ないなーなんて言いながらアイスを片手にソファに戻ってきた。チョコミント味のアイスはあーくんの大好物でいつも私を助けてくれる。
私は押入れからガムテープが頑丈に張り巡らされたダンボールを引っ張り出してきてあーくんの前にどーんと置いた。
「何これ、ちょっと埃っぽいね。」
「おばあちゃんの家から持ってきた私の学生時代の荷物よ。」
大きなダンボールは私がギリギリ1人で持てるぐらいの大きさで結婚してからは一度も開けておらずうっすらと埃をかぶったまま押し入れの奥深くで眠っていた。
ガムテープは思ったよりも頑丈に張られていて意外と力がいる。中には卒アルや学生時代の思い出の品々が入っていて懐かしい気持ちになった。その中から一冊のアルバムを取り出した。見覚えのある表紙だ。シンプルな無地の薄桃色のアルバムを開くとそこにはあの頃の彼がいた。色とりどりの花が咲き誇るどこまでも広がる草原をバックに私が愛した大好きだった彼が大きな口を開けて笑っている。写真をみた瞬間あの日々の記憶や思い出、匂いまでもが私の全身を駆け巡った。
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