第39話 祈り

 二日後、私は客間で懸命に祈りを捧げていた。


 フェリオスはレクアム様とともに本宮へ向かった。今ごろ皇帝陛下に謁見し、婚姻を認めてほしいと求めているはずだ。

 しかし皇太子の力添えが確定したにも関わらず、やはり私の不安は消えていない。


 皇都の事情を知れば知るほど、自分は皇帝に歓迎されていないのだと思い知って愕然としている。


 本当は今だって礼拝堂で祈りたいから、ケニーシャ様に場所を訊いたのだ。でも祈る場所はあるのかと尋ねた私に、彼女は申し訳なさそうに答えた。


「すみません。エンヴィードには、礼拝堂のような場所は一切ないのです」


「いっさ……ひ、一つもないのですか!?」


「ええ。陛下は即位された際、エンヴィード国内にある全ての聖堂や礼拝堂を無くしてしまったそうです。聖職者たちは無理やり職を変えることになり、拒否したものは国外追放されたと聞きます」


「そ、そう……ですか…………」


 エンヴィードでは婚姻するとき、領主に届け出ることで全ての手続きを終えるらしい。

 他の国々でしているような、女神の前で一生の愛を誓う儀式がまったく無いのだ。


 ケニーシャ様に話を聞いた直後はショックすぎて何も言えず、部屋のなかでしばらく呆然としてしまった。


 皇帝がそこまで徹底的にガイア教を排除するのは何故なのだろう。

 この状況で私とフェリオスが結ばれるのは可能なんだろうか?


 ――『そなたは厳しい現実を知るだろう』。

 イスハーク王が告げた言葉が、今さらのように身に染みた。


「姫様、少しお休みしましょう。ずっと祈っておられるじゃないですか。倒れちゃいますよ」


「うん……。そうね、また倒れるわけには行かないわよね」


 お茶をいれてくれたカリエと一緒に休むことにした。カリエは侍女だから同席するのは抵抗があったようだけど、ひとりは味気ないので一緒にお茶を飲んでもらう。


「大丈夫ですよ、皇太子殿下が応援してくださるんですから」


「そうね……」


 本当は、きっと大丈夫だと安心したい。結ばれるはずだと思いたい。

 でも私が皇太子宮に残っている時点で、状況がかなり厳しいことは確定しているのだ。


 本来なら二人で謁見すべきなのに、私は本宮に呼ばれなかった。

 会うことさえ許されないなんて――絶望的すぎて、涙がにじんでくる。


 今の私にできるのは女神様に祈ることだけだ。

 休憩を終えてからも、ロイツ聖国のある方角に向かって祈り続けた。

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