第15話 本当のあなたは

 フェリオスは静かに二人へ歩み寄り、剣の柄に手をかけた。


「夜分にご苦労なことだな、オーデン伯爵」


「!? でっでで殿下!? なぜここに!」


「それはこちらの台詞だ。やはり精油を盗んだのは貴様だったか……。見張っていた甲斐があった」


 フェリオスは剣の鞘を工場の床にガン!と打ち付けた。それが合図となり、騎士たちが工場内へ入ってくる。

 取り囲まれた二人の男性は青ざめ、従者が震える声で言った。


「ああ……。だから止めましょうと言ったのに」


「黙ってろ! くそっ、私の栄華が……これまでか……!」


 騎士たちが持つ灯りに照らされた男性はひどく身なりが良く、でっぷりと太っている。皇族であるフェリオスよりも服装が派手で、成金であることを隠そうともしていない。

 鼻の横に大きなホクロがあるし、ヘルム爺さんの工房へ行ったのはこの人だろう。


「殿下、この人はどなたでしょうか?」


「オーデン伯爵。以前話しただろう、市場を独占している貴族のせいで復興が遅れていると。原因はこいつだ」


 フェリオスはこいつだ、と言いながら剣の切っ先を伯爵の顔に向けた。伯爵の顔は青をとおり越して白くなり、丸い体がガタガタと震える。


「ひっ、ひいい……! どうか、どうか命だけは!」


「貴様が生きているより死んだ方が、世の中のためになる。……と俺は思うが、ララシーナはどうだ?」


「えっ? わ、私ですか?」


「被害を受けたのはララシーナ達だ。あなたの意見を尊重しよう。俺としてはこんなクズ、即座に殺したいところだが」


「ひいぃ!」


 ヒュッという音のあと、床にボタンが落ちた。

 カツン、カツンと次々にボタンが落ちる。


 フェリオスが剣でボタンだけを切り落としたのだ。あんな重たい剣を軽々と、しかも巧みに動かすなんて――恐るべき身体能力である。


 このままでは本当に殺してしまうかもしれない。

 私は唸りながら伯爵の処分を考えた。


「とりあえず、精油を盗まれたことによって受けた被害を全て補償して頂きますわ。さらに、オーデン伯爵には三ヶ月間の業務停止を命じます。それと――」


「まっまだあるのですかぁ!? っひい!」


 ――カツン!


 とうとう最後のボタンが落ちた。


 伯爵の上着から全てのボタンが飛び、シャツに包まれた大きなお腹が現れる。

 率直に言って、あまり見たくはない。


「富める者に対しては高い税金を課した方がいいでしょう。私たちの事業は難民を救うという目的で、売り上げのほとんどを彼らの支援に当てています。でも伯爵は利益を独り占めしているのでしょう? たいそう立派な服を着てらっしゃるし」


「ぐっ……」


 切り落とされたボタンだけでも質の高さが分かる。象牙や翡翠、珊瑚の贅沢なボタン。上着だって生地が見えないほど刺繍だらけ。


 恥を知りなさい!と言いたくなる。

 私なんてドレスを三着しか――このネタはもういいか。


「これぐらいで済んでよかっただろう、伯爵。もし陛下にこの件が知られていれば、貴様は間違いなく死んでいた。それを忘れるな」


「はっ、ははぁ! 仰せの通りに……!」


 オーデン伯爵はひざまずき、床に頭をこすり付けた。

 フェリオスに命じられた騎士が伯爵と従者を連れて、夜の闇に消えていく。これからしばらく取調べが続くだろう。


 塔の中で粗食に慣れたら、少しは痩せるんじゃないかしら。

 太っていると膝を痛めて歩けなくなるし、頑張ってダイエットしなさいね。


「帰ろう、ララシーナ」


「は、はい」


 剣を鞘におさめたフェリオスが優しげに言う。先ほどまで剣を振るっていた人とは別人のようで、なんだか気恥ずかしい。

 そんな顔をされたら、愛されているのではないかと錯覚しそうだ。


 フェリオスは必要以上に冷酷に振る舞うことがある。でもそれは多分、権力を示すためにわざと演じているのではないかと思うのだ。

 私やエイレネ姫の前では驚くほど優しいし、あどけない顔で少年のように笑ったりもするし。


 オーデン伯爵だって、本当は最初から殺す気なんてなかったんでしょう?

 お父上に伯爵の悪事を伝えることなく、私に任せてくれたんだから。


 本当のあなたはきっと優しい人。そう信じたい。


 そんなことを考えながら、馬車に揺られてお城へ戻った。


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