第9話 あざとい計画
よく晴れた日、私は箱を持って中庭に来ていた。
ガセボの屋根の向こうに、五の月らしい澄み切った青空が見える。
一つの椅子に座り、隣の椅子に箱を置いてふたを開けると、二人の騎士が興味深そうな顔をした。
「奥方さま、それは……?」
ウェイドが話しかけてきた。彼はもう二十歳を過ぎているが、中身がお婆ちゃんの私からするとまだまだ若い感じがする。
「これは
「ええ、初めて見ました」
今度はエルビン。
二人は出かける際に必ず私と一緒なので、割りと気さくに話しかけてくれる。でもときどき部屋から脱出していることは内緒だ。
フェリオス皇子は約束どおり、私の部屋を二階のバルコニー付き客間に移してくれた。お陰で脱出はかなり楽になったが、花園に面しているため庭師を見かける事もある。彼らの目を盗んで出入りするのは慣れるまで大変だった。
取り出した竪琴は膝の上に立てるように置き、両手ではさむ。
この楽器は弦を指で撫でるように弾くのだ。
ポロン、ポロンと優しい音色が響き始めると、周囲から「ほう」というため息がもれた。竪琴は激しく弾く楽器ではない。心を癒すような、澄んだ音色で弾くのが合っている。
二度目の人生では竪琴にお世話になった。
この楽器を持って、色んな国を回ったっけ。
「どうでしたか?」
「素晴らしいです! 楽器の音を聞くのは何年ぶりでしょう……。とても癒されます」
「もう少し聞かせてください。この音色、きっと皇女殿下もお気に召すと思います」
それ!
その言葉が聞きたかったのよ!
もういちど竪琴を構え、別の曲を弾き始める。今度は祈りの歌だ。遠くに暮らす大切な人が、どうか無事でありますようにと祈る歌。
ふと顔を上げると、二階の窓からフェリオスがこちらを見ている。ちゃんと執務室まで音色が届いたようだ。
殿下、私を妹姫に会わせてください。
竪琴の音色を聞かせてあげたいんです……!
昼まで何曲か弾き、中庭を後にした。
部屋に戻ってからは精油を抽出するための器具――蒸留器の設計図を書く。
ロイツ聖国では草木は癒しのシンボルだったため、精油が盛んに使われていた。種類も豊富で効能もよく研究されていたが、どうもエンヴィードではその
エンヴィードは軍事国家なので、合理性を追求した結果ムダだと判断したのだろう。私が竪琴を弾いているときに騎士ウェイドは「楽器を久しぶりに聞いた」と言っていたし、ムダを嫌うお国柄のような気がする。
「よし、書けた。あとは工房に持ち込むだけだわ」
図面を見ていると、ドアがノックされた。
応対したカリエが変な顔をしている。
「ひ、姫様。皇子殿下が、昼食を共にするようにと仰せのようです。いかがしましょうか?」
「えっ? ええ、と……分かりました、すぐに行きます」
わたわたとドレッサーに座り、身だしなみを整える。
すでにメイド姿は見られているけど、今回は彼の婚約者として同席するんだからちゃんとしないと。
カリエは私の髪にローズクオーツの飾りをつけてくれた。この石は薄い桃色なので私の髪にぴったりだ。若葉の中に、ピンク色の花が咲いたように見えることだろう。
二人の騎士に案内されて部屋に入ると、フェリオスはすでに来ていた。
「お待たせしました」
「……ああ」
テーブルに頬杖をついたまま私を迎える皇子様。態度はイマイチだけど表情は悪くない。
むしろ彼にしては珍しく、ほんのり笑っている。
フェリオスは仕事に忙殺されているせいで、食事の時間もずれやすいらしい。だから彼と食事を一緒にとるのはこれが初めてだ。
目を閉じてお祈りをしてから食事にする。
この動作は面倒なので省くこともあるが、侍従が見ている前なので巫女姫らしくしておく。
「午前中、なにかの楽器を弾いていたな。何と言う楽器なんだ?」
「あれは竪琴という楽器です。お気に召しました?」
「ああ、とても良かった。俺は癒しというものを信じていないが、あの音には確かに癒されるような何かがあると思う」
そうでしょう、そうでしょう。
うんうんと頷く私を、フェリオスは面白そうに見ている。
「もしかして、俺に聞かせるために弾いたのか?」
「えっ?」
「妹に会いたいんだろう? 楽器を持ってあの子の見舞いに行きたいから、俺の前で弾いてみせたんだろう。違うか?」
「そっ……そうです……けど。あざとい真似をして、すみませんでした…………」
何もかもお見通しだったみたい。
計画は失敗かとがっくり来たが、皇子は愉快そうに「ははっ」と笑った。
「面白い姫だな。やる事が奇抜なわりに、正直で思考が読みやすい。あなたは悪事が出来ないタイプだ」
「……お褒めの言葉だと思っておきますわ」
全然褒められてる気分じゃないですけどね!
私ってそんなに読みやすいかしら。
「頑張っているあなたに褒美をあげよう。明日、妹の――エイレネの見舞いに行くことを許す。あの子に竪琴の音色を聞かせてやってくれ」
「はっ、はい! 頑張りますわ!」
「妹は体が弱い。あなたは薬の知識があるようだから、もし何か気づいたら教えてほしい」
「分かりました」
ロイツ聖国の聖職者は薬師でもある。
昔は体に悪しき物が入り込むことで病気になると考えられていたため、聖職者たちは祈祷しながら薬を煎じて患者を救ってきた。
明日は薬箱を持参したほうがいいかな。
エイレネ姫のお役に立てたら嬉しいけど……。
昼食後、部屋に戻ってから復習のため医学書を読んだ。ロイツはかなり医学が発展している方だが、もし役に立てなかったらと思うと不安だ。
フェリオス殿下の期待に応えたいし、褒めてほしい。
そう思う私はおかしいんだろうか。
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