第6話 金もうけの話ですよ
翌日、私は見張りに立つ騎士の案内で書庫に入った。
昨日洗濯場で仕入れた情報を確かめるため、エンヴィードにおける薬事法と商いに関する法律を調べたのだ。私が企んでいることが後から違法だと言われるのは困る。だから最初に調べておきたかった。
「姫様、薬に関する本はこれで最後です」
カリエが持ってきた本にざっと目を通し、罰則の規程を確かめた。
「大丈夫そうね。殿下に話を持って行きましょう」
書庫を出ると、外に控えていた二人の騎士も後ろから付いてくる。フェリオス皇子にも同じ騎士服の男性が付いていたから、恐らく
二人はそれぞれウェイド、エルビンという名前らしい。近衛の白い騎士服が似合う青年たちだ。
「奥方さま、どうぞ。殿下がお会いになられるそうです」
私はカリエと一緒にフェリオス皇子の執務室へ入った。白と焦げ茶を基調とした室内は上品で、見た目だけは居心地が良さそうである。
しかし巨大な机の奥にいる冷酷な美貌の主のせいで、部屋の空気は冷え切って凍りそうだ。
カリエが後ろでびくついてるし、さっさと本題に入ろう。
「殿下、金もうけの話を持って参りました!」
「……なに?」
書類の山にはさまれた皇子は片方の眉をピクリと上げ、
聞こえなかったんだろうか。
「金もうけの話を持ってきたのです」
「…………ちょっと待て。あなたは巫女姫のはずだな?」
「そうですけど?」
「ガイア教の象徴であるあなたが『金もうけ』と言うのは、どうかと思うが」
はっ、しまった!
記憶を取り戻したせいか、商売っ気を出しちゃったわ……!
「ほ、ほほ……私としたことが失礼しましたわ。実はですね、難民を救う方法を考えてきたのです!」
「ほう。どんな話だ?」
私は持参した数枚の書類を彼に提出し、詳しく説明した。
「エンヴィードでもハートンでも石鹸は貴重だという資料を見ました。しかしどちらの国でも生産に関して許可が必要というわけでもないようです。私は作り方を知ってますから、難民たちに石鹸を作ってもらったらどうでしょう?」
「少し訊きたいんだが……ロイツでは石鹸を作るに当たって、許可が必要なのか?」
「ええ、薬剤局の許可がいります。石鹸ってわりと簡単に作れますけど、失敗した物を使うと肌がかぶれたりするんですよ。だから生産方法や材料も細かく決まっています」
「なるほど。悪くない話だ。石鹸が広まれば難民たちの収入になるし、感染症の予防にも繋がる」
おお、皇子が乗り気になっている!
もう一押し!
――と身を乗り出したのだが、フェリオス皇子は書類をパサッと机に投げ出した。
「あなたの案はいいと思う。理にかなっているとも思う……が、設備や材料はどうやって用意する? 今は戦争を終えたばかりでそんな余裕はない」
「心配ご無用です。最初の投資は、私のポケットマネーで補います!」
どん!と胸を叩いて言ったのだが、皇子は目を見開いて私を凝視した。
今日はやけに表情豊かだ。
私そんなに変なこと言ってるかしら。
「失礼だが、あなたがそんな大金を持っているとは思えない。どこでそんな金を……」
「国を出るときに教皇猊下に泣きつきました。最後だから、後生だからと」
「………………」
皇子は頭痛に耐える時のように片手を額にあて、ハァとため息をついた。
何ですかその態度は。
せっかくいい話を持ってきたのに!
「分かった。あなたに任せよう……。薬剤局のような部署を作り、生産に関して細かいチェックが必要なようにしておく」
「ありがとうございます! ついでにオリーブの畑を作ってもよろしいですか?」
「今度はオリーブだと? 石鹸と何か関係があるのか?」
「大ありです。石鹸は
「…………分かった。それでいい」
フェリオスは紙を取り出し、石鹸とオリーブに関する事業を私に一任するという書類を用意してくれた。
お礼を言って書類を受け取り退室したが、廊下の途中で後ろにいる騎士に呼び止められる。
「奥方さま、お待ちください。殿下が礼拝のための部屋を用意したので、見るようにと仰せです」
「礼拝?」
「ええ。巫女である奥方さまのために、城の一室を礼拝堂に改装したのです」
あらら、そんな事してくれてたんだ。
ほったらかしにされてるかと思ってたけど、ちゃんと準備してくれてたのね。
案内された礼拝堂は、南に面していてよく日が当たる部屋だった。少し開いた窓から春の爽やかな風が入って気持ちがいい。
私は正直いうと祈りが好きなわけでもないし、金もうけが大好きな生臭巫女なんだけど。
でも、こういう気遣いは素直にうれしい。
部屋を下に移してくれたら、もっと嬉しいんだけどな。
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