八.恩讐の果て②
「二代目でも間違えることがあるのですね」と言うと、二代目はむっとした様子で、「僕が何を間違えたって言うんだい?」と食って掛かった。
すっかり遅くなってしまった。後のことは新庄さんに任せて、我々は呼んでもらったタクシーで最寄り駅に向かっていた。
仮にも会社幹部だ。都内までタクシーを飛ばす金くらいあるだろうに、二代目は電車に乗りたがる。都内の移動は常に地下鉄だ。渋滞すると移動時間がもったいないというのが二代目の言い分だが、他に何か理由がありそうだ。
「だって、屋敷に着いた時、犯人は屋敷にいるって言いましたよね? 屋敷どころか、死体になって運び出された後だったじゃないですか」
「僕は犯人が屋敷にいるなんて言っていない。屋敷から出ていないと言っただけだ」
「同じことでしょう」
「全然、違うね。あの屋敷にはね、何かがいる。そいつが、事件の裏で糸を引いていたのさ」
「オカルトめいた話は止めて下さいよ」
「五代院家の子孫が先祖と同じ死に方をしたんだぜ。落ちて来た額縁に脳天をかち割られて死ぬなんて、そんな偶然、一度でもあり得ないことなのに、二度も起きるかい」
「そう言われれば、そうかもしれませんけど・・・」
「五代院は転落死の直前、よせ、止めろと叫んでいる。一体、誰に何を止めろと言ったのだと思う?」
「そう言われると・・・」
「あの屋敷には、獄門丸の怨念が息づいている気がする」
オカルトは苦手だ。二代目の言葉に、背筋がぞっとした。「二代目の推理通り、五代院君が長崎君を殺害し、五代院君は事故で亡くなった。それで良いでしょう」と言うと、二代目は「ふふ」と笑ってから、「君がそれで良いのなら、そういうことにしておこう」と言った。
「今回もお手柄でしたね」
「いや。放っておいても、事件は片付いていたさ。僕以外にも、事件の真相にたどり着いていた人間がいたからね。彼が口を開けば、事件は解決していたよ」
「彼? 誰のことです?」
「筒井君さ。頭の良い青年だ。ぼんやりとだろうが、彼は事件の真相を見抜いていた。少なくとも、五代院が長崎を殺害したと考えていたはずだ」
「そうなのですか⁉」
「長崎と五代院が言い争う声を聞いて、長崎の部屋に行ってみた。ドアには鍵が掛かっていて、ノックしても反応がない。変だ。何かがおかしい。後になって考えると、ひょっとして、あの時、長崎はもう死んでいた。そう考えたとしても不思議ではない」
「そうですか・・・?」
「君、考えてみたまえ。五代院君は夜中に、何故、部屋を出て一階に行こうとしたのか?」
「長崎君の部屋の鍵を戻しに行ったのでしょう」
「それもある。だけど、大事なのはブレーカーを元通りに戻しておくことだ。でないと、トリックの種がバレてしまう」
「ああ、そうか」
「だけど、五代院はブレーカーを上げる前に、階段から転落して亡くなっている。じゃあ、誰がブレーカーを上げたのか?」
「五代院君は階段から降りて行く時に転落したのではなく、ブレーカーを戻して帰る途中に階段から転落したのではないでしょうか?」
「じゃあ、鍵は? 何故、階段下の壺の中にあったのだ?」
「それは・・・」ブレーカーボックスは会議室にあった。鍵は同じ部屋のデスクの中だ。確かに、ブレーカーを戻したのなら、鍵も元通り、戻しておいたはずだ。
「筒井君しかいない。彼が翌朝、警察が来る前に、こっそりブレーカーを戻しておいたのさ」
「彼も共犯だったのですか? 麻薬の売買に係わっていた?」
「君みたいな人間がいると思ったから、ブレーカーのことには触れずにおいたのだ。筒井君は純粋だ。本当に地質が好きなのだ。悪い噂はあっただろうが、愛好会を愛していた。四年生が卒業すれば、次の部長は誰がどう見ても筒井君だ。彼は愛好会を立て直すつもりだった。だから、事件は長崎の自殺、五代院の事故死で片付いて欲しかった。麻薬は勿論、殺人事件だなんて、そんなことになれば愛好会は廃部だ。真犯人はもう死んでいる。それで良いじゃないかとでも思ったのだろうね。だから、五代院のアリバイ・トリックに気がついた筒井君はブレーカーを元通りに戻しておいた。そう考えると、どうしても指摘する気になれなかった。優秀な上に可愛げのある青年だよ」
二代目がべた褒めなので、ちょっとだけ嫉妬心を感じた。「すいませんね。可愛げのない部下で」と言うと、二代目は「なあに。君だって、使い様によっては役に立つ」と褒められているのか、貶されているのか分からない言われ方をした。
こうして髑髏屋敷の殺人事件は解決した。
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