八.恩讐の果て①

 新庄さんは一息、入れると、「我々は長崎君と五代院君の携帯電話を押収し、調べました。米印、麻薬のことを、何故かそう呼んでいたようですね。彼らが飯塚の手先として、学内で麻薬を販売していた証拠が残っていました。そう、長崎君と五代院君が学内の麻薬ルートの元締めだったのです。決定的だったのは、五代院の携帯電話に残されていた音声通話でした。彼、アリバイ・トリックで音声データを使ったように、何でも録音して残しておく癖があったようですね。恐らく、いざという時の保険の意味合いがあったのでしょう。飯塚との会話が残っていました。麻薬の売買に関するものです。しかも、何本も。ご丁寧に、麻薬という言葉を使って、飯塚から米印と呼べと怒られている通話もありました。なかなか小賢しい。証拠として残す為に、わざと間違えたようだ」

 まるで指揮者のように腕を振るいながら喋っている。二代目はと見ると、新庄さんの話を聞いていないかのように、しきりと天井を見上げている。二階に何かあるのだろうか?

「二人の携帯の通話記録やSNSを解析することで、顧客、そう、誰が麻薬を常用していたのかまで分かって来ました。長崎の顧客の中に、例の大柴英寿の名前があったのです。大柴に麻薬を売ったのは長崎でした。二人の間で分業体制が出来ていたようですね。飯塚とのコネを生かして、仕入れが五代院、販売が長崎と。これで長崎がお金を持っていたことも納得が行く。学内で麻薬を売って、荒稼ぎしていた。大半は飯塚に吸い上げられていたのでしょうが、それを差し引いても、かなりの額の金を持っていたはずだ」

 すっかり興に乗って喋り続ける新庄さんに水を差すかのように、二代目が、「ああ、もうその辺で結構だ。ご苦労様」と口を挟んだ。

「皆さん、もうお分かりいただけたことと思います。五代院君は大柴の捜査から麻薬のことがバレるのを恐れた。幸い、大柴に麻薬を販売したのは長崎君です。彼さえ、亡き者にすれば、捜査の手は五代院君まで及ばないでしょう。トカゲのしっぽ切りです。長崎君を始末することにした。そして、この計画を練った。筒井君、君の質問は、何故、五代院君は食後、直ぐに長崎君が部屋に戻ることが分かったのかというものでしたよね。五代院君は知っていたのです。長崎君が麻薬を常用していることを。朝からフィールドワークに出て、部屋でゆっくり麻薬を吸う時間がなかった。反省会まで時間がある。食事もそこそこに部屋に戻るはずだ。今日がダメなら明日でも良い。きっと一人になりたがる。五代院君はそう踏んでいた」

 筒井君は二代目を睨んだまま無言だった。

「筒井君。君は薄々、知っていたのではありませんか? 愛好会を隠れ蓑にして、麻薬の販売が行われていることを」

「いえ!」と筒井君は力強く答えた後、「ただ、そんな噂を聞いたことがありました。僕は信じていませんでしたけど」と弱々しく言った。

「信じたくなかっただけでしょう。あなたは純粋に地質に興味があった。サークル活動の裏でそんな犯罪が行われていたなんて思いたくなかった」

 筒井君は何も答えずに力なく俯いた。そして、小さな声で「すいません」と謝った。

「別にあなたのせいではありません。半グレ集団がバックにいる犯罪です。あなただけの力では正すことは難しかったでしょう。松野君や北野さん、あなた方も同じです。あなたたちはもっと具体的に長崎君と五代院君の犯罪行為を、麻薬販売の事実を知っていた。でも、何も出来なかった。そのことが、あなたたちを苛立たせている」

 二代目の言葉に、意外なことに、松野君と北野さんは、「すいません」、「ごめんなさい」と素直に頭を下げた。

「いずれ、刑事さんから詳しいことを聞かれるでしょう。大丈夫、飯塚は既に警察に逮捕されています。五代院君の携帯電話に証拠が残っていたので、実刑判決を免れることは出来ないでしょう。安心して、知っていることを全て話して下さい。そして、若狭君!」

 双子がびくと体を震わせた。

「あなた方はダメですよ。警察の調べで全て分かっています。パチンコの競輪、競馬、賭け麻雀まで、二人してギャンブル好きで多額の借金を抱えていたようですね。借金を返済する為に長崎君から金を借りたのでしょう。そして彼から勧誘を受け、自ら進んで麻薬販売に加担した。二人が亡くなった今、飯塚はあなたがた二人を学内の販売組織のリーダーとしてネットワークを再構築するつもりだった。そのことで、あなたがた二人に連絡を取ろうとしていた」

 ああ、そう言えば、双子の携帯に電話が掛かって来ていた。ひょっとして、あれが飯塚からの電話だったのかもしれない。

 双子は、逃げようとでも思ったのか、二人揃ってガバと立ち上がったが、辺りを見回してから、あきらめたように腰を降ろした。

「さて、僕の謎解きはこれで終わりです。皆さん、ご協力、ありがとうございました」

 二代目は舞台挨拶でもするように、大仰に頭を下げた。

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