七.謎解き②

 新庄さんと二人、屋敷の外に出る。

「どう思います? あの態度」と新庄さんに言うと、「態度?」と不審な顔をされた。

「二代目、すっかり名探偵気どりじゃないですか」

「ふん。あいつの態度なんて、どうでも良い。大事なのは成果だ。俺の役に立つかどうかだ。事件を解決してくれるのなら、態度なんか大目に見る。もともと、あんなやつだしな」

 長い付き合いの二人だ。二代目の態度なんて、気にならないのだろう。それに、二代目が事件を解決すると、「真相はこうでした」と上司に報告して、手柄は全て独り占めにしてしまうつもりなのだ。二代目がそのことに文句を言うはずがない。趣味でこうして事件捜査に首を突っ込んでいるのだ。仕事をさぼって。

 良くも悪くもウインウインの関係の二人だ。

 一回りするまでもなく、電気の引き込み線が見つかった。庭に電柱があって、そこから建物の中間、一階と二階の中間くらいの位置に引き込み線が繋がっていた。

「位置的に居間より少し奥辺りだな。あの辺には何があった?」

「会議室ですね。ほら、暖炉があった」

「なるほどな。確かに、真上の部分の屋根に煙突が立っているな」

「往時は家族団らんの部屋だったのでしょうね」

「ふん。感傷なんて無用だ。室内のブレーカーボックスを確認して帰るぞ。急がないと、都内に帰りつくのが夜中になってしまう」

 そう言われると日が傾き始めていた。明日も仕事だ。帰宅が遅くなるのは勘弁してほしかった。

 屋敷に戻る。居間の隣の会議室となっている部屋を確認した。あった。壁の隅、天井、ぎりぎりの位置にブレーカーボックスがあった。壁の色と同じ白いカバーで蓋をしてあるので、分かりにくい。一応、カバーを開けて確認しようとしたが、「さあ、部屋に戻ろうと」と新庄さんがさっさと部屋を出て行った。僕はカバーを開けてブレーカーボックスだということを確かめ、ブレーカーが全て上がったままであることを確認してから居間に戻った。

「逆断層というのは、両側から力が加わって亀裂が生じ、片側の地層が反対側の地層に乗りあがった形のものを言います。奥多摩には白髭神社というのがあって、そこでは――」居間に戻ると二代目が筒井君と地質の話で盛り上がっていた。

 他の面々はというと、白けた様子で、若狭兄弟は何事かひそひそと小声で話し合い、松野君と北野さんは携帯を弄っていた。

「話が盛り上がって来たところだが、戻って来たようだね。筒井君、この辺りの地層の話はまた別途、詳しく聞かせてくれないか。僕も地層に興味が湧いて来たよ」と二代目が心にもないことを言った。育ちが良いせいか、こういう辺り、非常に如才がない。

「皆、揃ったところで、話の続きを始めましょう」と二代目が言うと、松野君と北野さんは携帯電話をポケットに戻し、若狭兄弟は話を止めた。

「五代院君は長崎君を殺害した。それも食事の直ぐ後、長崎君が部屋に戻ってから。五代院君は長崎君が部屋に戻るのを見て、後を追った。そして、部屋に行って、彼を絞め殺した」

 びくと新沼さんが小さく体を震わせた。こういう話が苦手なのだろう。

「そして、長崎君の遺体を自殺に見せかける為に、天井から吊り下げた。大変な作業だったことでしょう。でも、時間はたっぷりあった。しかも、皆さん、まだ食事中で、当分、部屋には戻って来ない。安心して作業を進めることが出来たはずです。ロープは屋敷にあったものを使ったようです。屋敷にロープがあることを知っていたのでしょう。そのことだけでも、屋敷に詳しい者の犯行だと言うことが分かります。君たちの中で、一番、屋敷に詳しい人物と言えば、五代院君でしょう。作業を終えると、鍵をかけて部屋を出た。まだアリバイ工作が残っていた。部屋に入られると困るからです」

 二代目は朗々と歌でも歌うように話し続ける。「次はアリバイ作りです。反省会の前に、廊下に人がいないのを確かめてから、携帯に録音してあった長崎君の音声を大音量で流し、それに答えるかのように五代院君は声を張り上げた。二人が喧嘩しているように見せかける為です。案の定、二人を心配した筒井君が様子を見に行った。少なくとも反省会の前までは長崎君が生きていたことを印象付けることに成功した」

 そこまで解説してもらえば、後は想像がついた。

「部屋を出ると、隣の会議室に行って、ブレーカーを落とし、停電だと言って、居間に駆け込んだ。蝋燭を探しに行ったり、発電機を起動させたりして、常に誰かと行動を共にしていた。龍臣君、君が五代院君と一緒に行動したのですね?」

 突然、名前を呼ばれ、龍臣君が「はい」と返事をした。声が裏返っていた。

「これでアリバイは完成です。全て計画通り、上手く行きました。後は、皆さんが寝静まってから、ブレーカーを上げて、長崎君の部屋の鍵を元の場所に戻しておくだけです。鍵の保管場所はそこの刑事さんに――」と二代目が掌を上に向けて新庄さんを紹介する。「この屋敷を管理している武蔵セメントに確認してもらいました。書斎のデスクの一番、上の引き出しに保管してあったようです。引き出しに鍵は掛かっていなかったので、誰でも自由に持ち出すことが出来た。ですが、皆さんが言っていた通り、古い鍵で特注となりますので、無くしたら弁償してもらうことになっていた。だから誰も使ったことが無かった」

 新庄さんは口元を結んで腕組みをしたままだ。

「夜中、皆さんが寝静まってから、五代院君は鍵を返す為に部屋を出ました。暗かったからでしょう。五代院君は階段で躓いてよろけた。そして、運悪く、踊り場に飾ってあった肖像画にぶつかってしまった。弾みで落下して来た肖像画が五代院君を直撃した。その拍子に手に握っていた鍵を放り投げてしまった。鍵は階段下にあった壺の中へと吸い込まれ、五代院君は哀れ、階段から転がり落ちて、首の骨を折って死んでしまった」

 二代目は得意満面の表情で、一同の顔を見回すと、「これが事件の真相です」と言って胸を張った。

「えっ⁉」と意表を突かれたというのが、僕を含めた皆の感想だっただろう。この中に犯人がいると誰もが思っていたはずだ。僕なんて、彼ら、全員が示し合わせて長崎君と五代院君を殺害したのだと思っていた。それが、こんな、なんともあっさりとした結末だなんて。真犯人は事故で死んでいたなんて、何か物足りない気がした。

 暫し、沈黙が流れた後、筒井君が口を開いた。「これが計画犯罪だとすると、何故、五代院さんは食後に直ぐに長崎さんが部屋に戻ることが分かったのでしょうか? もともと、付き合いの良い人ではありませんでしたけど、食後に直ぐに部屋に戻らなければ、計画は実行できなかったはずです。そんなこと、見通せるのですか? 偶然でしょうか?」

 筒井君の鋭い質問に、二代目は文字通りはたと手を打つと、「良い質問です。それが、この事件の背景にあります。何日か宿泊かするつもりだったのでしょう? あの日がダメなら、翌日でも良かった。いずれにしろ、五代院君には食後、長崎君が部屋に戻ることが分かっていた。そう言えば、あなたもピンと来るのでは? そう長崎君は――」と二代目が言いかけるのを新庄さんが「そこから先は僕の方から説明しよう」と遮った。

 二代目は一瞬、むっとした様子だったが、直ぐに素に戻って、「どうぞ、刑事さん」と主役の座を明け渡した。

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