六.裏の顔①
北野さんが泣き止むまで、事情聴取は中断してしまった。
ふと気がつくと新庄さんの姿がない。事情聴取に夢中になっていて、何時、新庄さんが部屋からいなくなったのか気がつかなかった。
「少々、休憩しましょう」と二代目が言って、部屋を出て行こうとする。ついて行こうとすると、「ああ、タマショー君。君はここに残って、彼らの様子を観察していてくれ」と二代目に小声で囁かれた。
足手まといなので、ここにいろということだろう。仲間外れにされてしまった。
観察しておけと言われたので、彼らの様子をじっくり見た。北野さんは突っ伏して号泣している。それを新沼さんが、声をかけよかどうか迷っている様子で、はらはらと見守っている。その横では筒井君が無言で渋い表情をしている。
若狭兄弟は二人で顔を寄せ合って、ひそひそと話をしている。
松野君は腕と足を組んだまま、ソファーに深々と腰かけて虚空を睨みつけていた。何事か考え込んでいる様子だ。
やがて、新沼さんが思い切って北野さんの肩に手を掛けた。小声で何か囁きながら、優しく摩ると、それを待っていたかのように北野さんが泣き止んだ。そして、小さな声で「ごめんなさい」と新沼さんに言うのが聞こえた。
その様子を見ていて、頭の中で、あるひとつの考えが浮かんだ。
長崎君、五代院君の二人が殺害され、その犯人がこの中にいる。松野君、若狭兄弟、筒井君、新沼さん、北野さんの五人の中に殺人犯がいるはずだ。一体、誰が二人を殺したのかと考えた時、頭の中で稲妻が走った。
――誰がではなく、みんなが。
ふと、そんな考えが浮かんだ。
ここにいる五人が共謀して、長崎君と五代院君の二人を殺害したとしたら、どうだろう。何故だか、そんな考えが唐突に浮かんだ。
二代目が問う、何故、長崎君を嫌っていたのかという質問に対して、誰もが、その答えを避けようとしているように見えるからかもしれない。全員が全員、答えを避けるのは、五人が共謀して長崎君を殺害したからだ。そんな気がした。
では、五代院君は?
五代院君は不幸な被害者なのかもしれない。五人の悪事を知って消された。或いは階段からの転落死は単なる事故だった。そうだ。本当は五代院君も入れて六人で長崎君を殺害したのだが、五代院君は不幸な事故で亡くなってしまった。
そう考えれば辻褄が合うような気がした。
これは二代目に伝えなければならない。二代目より先に事件の真相に辿り着いたかもしれない。二代目の渋い顔が目に浮かぶようだ。
だが、二代目と新庄さんは、なかなか戻って来なかった。
松野君がよっと立って、部屋を出て行こうとする。「どこへ?」と尋ねると、「トイレ!」と短く答えた。他人がトイレに行くと、急に尿意を催したりするものだ。松野君が戻って来るのを待って、トイレに行こうと部屋を出た。
ロビーに出ると、片隅で二代目と新庄さんが、額を突き合わせて何事か相談していた。僕が部屋から出てくるのを見ると、「トイレかい? さっさと済ませて来な。ぼちぼち事情聴取を再開するよ」と二代目に言われた。
僕抜きで、二人でこそこそ話し合っているのを見て、ちょっとだけジェラシーを感じた。
「僕より新庄さんの方が二代目のワトソン博士に相応しいと思います」と二代目に言ったことがある。その時、二代目に言われた。「そうかい? 心配ないよ。君は僕のペットみたいなものだから」と。
僕はペットか⁉ まあ、相手は警察官だ。事件捜査で張り合っても仕方ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます