五.陰の部長②
「さて、どうして、みんな、あなたのことを嫌っているのでしょう?」
二代目は北野さんに向き直った。若狭兄弟からの事情聴取を終え、次は北野さんの番のようだ。
「私が長崎の女だったからでしょう」
北野さんが衝撃的な一言を放った。
「あなたは長崎君の彼女だった訳ですね」
「彼女なんて、そんな良いものじゃありません。呼ばれた時に相手をするだけです。彼、女はとっかえひっかえだったから」
「あなたが長崎君の彼女だったからと言って、何故、みんなに嫌われているのですか?」
「それは・・・長崎の女であることを良いことに、好き勝手にやっているからでしょう」
「そうなのですか⁉」
「私は、別に、そんなつもりは無いのですが、そう見えていたんじゃないですか」
北野さんがキレ気味に言う。新沼さんが「ハナちゃん。私たち、あなたのこと、そんな風に思ってなんかいないよ」と慰めると、「止めて!」と北野さんが叫んだ。
「止めてよ。あなたが私のこと、軽蔑しているって分かっているの。良い子ぶらないで! 綺麗な顔して一皮むけば、あなたの中身なんて、計算高くて自己中な醜い女じゃないの」
「ひどい・・・」新沼さんが絶句する。
確かに辛辣な言葉だ。二人の間に何があったのだろう。
「この際だから、言わせてもらうけど」と北野さんは筒井君に向き直ると、「筒井君。中学生の時、一緒にトーテンポールを作ったの、覚えている?」と聞いた。
突然、名指しされた筒井君は「えっ⁉」と小さく悲鳴を上げると、「覚えているよ。三年生の時、卒業制作で何故かクラスでトーテンポールを制作することになって、クラスの絵の上手い子が集まって作ったんだよね」
「うん、そう。あの時のメンバー八人の中に私もいたことは?」
「勿論、覚えているさ」
「筒井君、私、あっちゃん、ヒロ君、はるかちゃん、斎藤さん、翔君、ニーナ、部活に励んでいた子もいたけど、もう引退していて、皆、暇だったから、放課後集まって、丸太を彫ってトーテンポールを作ったんだよね」
「そうだったね」
「最初は面倒くさい。何で私って思っていたけど、いざ、彫り始めてみると、私、部活なんてやっていなかったから、毎日、みんなで集まって、おしゃべりしながらトーテンポールを彫るのが楽しかった」
「うん。何時も、はるかちゃんがお菓子を持って来るから、それを食べながら彫りかけのトーテンポールにもたれかかって座って、ずっとしゃべっていた」
「私、筒井君の裏側を担当していて、ほら、半分ずつ掘っては丸太を回転させて、また半分彫るってやっていたでしょう」
「ああ。片側によっつ、八個の顔を八人で丸太に彫ったんだよね」
「うん、うん。楽しかったなあ~中学時代の一番の思い出なんだ」
「僕もよく覚えているよ。完成した時には、ああ~これで卒業なんだと思って、ちょっと寂しかった」
「村田先生から、何時まで彫っているだって、急かされたよね」
「そうだったね。村田先生、懐かしいなあ~よく覚えているね」
「私ね」と北野さんはにっこり笑うと、「ずっと筒井君のことが好きだったの」と言った。
「えっ⁉」
「止めて。気がついていたでしょう。私の気持ち」
「いいや、全然。僕、鈍いから」
どうだろう。筒井君は気がついていたような気がした。
「高校では、一緒にクラスになれなかったから、遠くから見ているだけだった。筒井君が招知を受けるって聞いて、私も受けてみようかなって思った。私の学力だとギリギリだったけど、頑張って勉強してなんとか受かった。同じ大学に進むことになって、正直、チャンスかなって思った。でも・・・」北野さんが言葉を切る。筒井君はどういう顔をしたらよいのか分からないといった感じで、当惑した表情を浮かべたままだった。
「大学に入学して講義で一緒になった時、筒井君に聞いたよね。どこのサークルに入るのかって。地質愛好会に入りたいって言っていたから、私、地質になんか興味が無かったけど、興味がある振りをして入部したの。そして、新沼さんと一緒になった。新入生歓迎コンパの時に、新沼さんから、友達になってと言われて、私、嬉しかったから、直ぐにOKした」
淡々と話していた北野さんが「でも――」と言って新沼さんを睨んだ。
「それが、彼女の作戦だった。彼女、直ぐに筒井君が気に入ったみたいで、中学と高校で一緒だったんだってって、私にあれこれ聞いて来た。そして、私、彼のことが好きみたいと先手を打たれてしまった」
「そんな――」と新沼さんが恥ずかしさに顔を染めて呟く。
「友達から好きだと言われてしまうと、手を出せなくなってしまうじゃない。友情を壊してしまうのが怖くて。彼女、私が筒井君のこと好きなことに気がついて、私の動きを封じたのよ。そして、あっさり筒井君を手に入れた」
「止めて! そんなんじゃない」溜まらず新沼さんが悲鳴を上げる。
「良いのよ。どうせ筒井君、私のことなんて相手にしなかっただろうし」
筒井君は無言で、困った表情を浮かべるだけだった。
「まあ、そんなこともあって、私、長崎と付き合うことにしたの。失恋してサークルを辞めるなんて、なんか癪じゃない。負け犬みたいで。だったら長崎と付き合って、好き勝手やってやろうと思ったの。幸い、長崎は直ぐに私の誘いに乗って来た。長崎の女になったお陰で、あんたたちより上に行けたわ。はは」
「上も下もないだろう」これは松野君だ。
「あなたたちが私のことを嫌っていたことくらい、重々承知だったのだよ」と北野さんは言うと二代目に向かって言った。「これで分かって頂けたかしら」
「正直に話して頂いてありがとうございます。虎の威を借る狐ですか。あなたは長崎君の彼女であることを良いことに、サークル内で勝手気ままに振舞った。それでは、皆さんから嫌われて仕方ないかもしれませんね。でもね、北野さん。あなた、ひとつ、勘違いをしている。そうでしょう? 筒井君」
「はい」と筒井君が頷く。そして、筒井君が、「北野さん。いや、ノバナちゃんと呼ばせてもらうよ。僕がつけたあだ名だから」と語り始めた。「北野花香なので、間を取ってノバナ、あのトーテンポールを作っている時に、僕がつけたあだ名だよ。覚えている?」
筒井君の問いかけに、「忘れる訳がない。私にとっては大事な思い出」と北野さんが答えた。
「僕も、あの、トーテンポールを作っている時、君のことが好きだった」
筒井君の告白に「嘘! そんなの嘘よ」と北野さんが叫んだ。
「嘘じゃない。ノバナちゃん、覚えていないのかな? トーテンポールを作っている時、君に言われた。卒業式が終わったら、制服の名札をもらいに行くからって。うちの学校、制服はブレザーだったから、第二ボタンじゃなくて、名札を卒業式の後、好きな女の子に渡すことが習慣になっていたよね。だから、君からそう言われた時、僕は嬉しかった。僕のこと、好きなのかもしれないって」
「そんな・・・」
「卒業式の日、僕は偶然、見てしまった。何時、君が僕の名札をもらいに来てくれるのかと、僕は教室で待っていた。でも、君は来ない。廊下に出ると、君は――」筒井君が僅かに顔を歪めた。「橋爪君から名札をもらっていた」
「違う!」北野さんが叫ぶ。「あれは、ナッちゃんに頼まれて、橋爪君から名札をもらっていただけ。ナッちゃんが名札もらいに行くのが恥ずかしいって言うから。断られると嫌だからって、うじうじしていたから、だったら私がもらって来てあげるって言って、橋爪君から名札をもらったの。その後で、筒井君のクラスに行ったけど、もういなかった。あの約束、冗談だと受け取られたんだって思って、ちょっと寂しかったけど、私みたいな女の子、筒井君が好きになるはずないからって、あきらめた。まさか、筒井君が待っていてくれたなんて・・・」
北野さんの瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「そうなのかい・・・僕、てっきりノバナちゃんは橋爪と付き合っているんだって思っていた」
筒井君の言葉に、北野さんは「違う・・・」と顔を覆って泣き出した。隣の新沼さんが、慰めた方が良いのかどうしたものかとハラハラしていた。良い子のようだ。
「正直に話してもらって、ありがとうございました。北野さん、あなたは友達の為に名札をもらいに行き、友達の為に好きになった人を諦めた。友達思いの人なのですね」
二代目の言葉に、とうとう北野さんはわっと泣き伏してしまった。
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